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宗会会派

しゅうかいかいは #1695

宗会会派

しゅうかいかいは

日蓮宗宗会は長年会派活動がなく議員一人一人の集団であったが、第九宗会(昭和二四年=一九四九=三月)が解散となったので新宗制に基づく宗会議員総選挙が同年四月断行され三五名の新議員が誕生した。 そのうち比較的若手の議員数名によって革新同盟(略して革同)が組織されやや会派らしい活動がもたれた。 しかし惜むらくは宗内情勢が変り宗会制を廃止して参与制に移行したため(宗本一体制が執られ宗務所長の代表によって立法及び重要なる宗務の議決機関とした)に昭和二六年三月の第一三宗会を限りとして解散してしまった。
しかるに参与制も実施してみると中々に運用がむずかしく、宗務所長の盥回的悪い面のみが目立ち前後六回で終止符を打ち、再び元の宗本分離制が復活し三権分立を旗印として僅か三年間で宗会制へと逆戻りした。
昭和二九年一一月改新第一回の総選拳が挙行され四一名が選出され参与二名と共に合計四三名の宗会議員が誕生した。 次いで昭和三二年一一月第二回の総選挙を経て昭和三四年三月管長が増田日遠より山田日真に交代し、第九宗会(昭和三六年三月)の砌、大阪府の選挙区において議員定数が一名増加して総数四四名となった。
更に三六年一一月に第三回の総選挙の結果多数の新人議員が誕生し、翌三七年第一一宗会において管長公選制を改めて象徴管長と化し、新たに二五名の推戴委員よりなる管長推戴委員会による推戴制となると共に、宗務総長は最終政治責任をもつ権限のある地位となり、従来の管長任命に変り宗会において選出するように定められた。 そこで宗内情の変化につれて急遽宗会議員にも新しい動きが表面化し、まず立正クラブが誕生し幾許も無く同心会が発足した。
立正クラブの綱領は、
(一)立正クラブは宗門制の権威と名誉を保持し祖願の達成を期す。
(二)立正クラブは全寺院教会結社の福祉増進を図り宗門の和合団結の実現を期す。
(三)立正クラブは秩ある公明政治を確立し宗門権威の高揚と保持を期す。
と宣言し発足当は約一〇名位の会員を持ち活発に興学布教、宗門財政、社会教化事業等多彩なるテーマの下に研究会を開き着実なる活動をしていたが、やがて昭和三八年中に解散し、一部の人々は別に懇和会結成に参画し、他の人々は無所属となった。
同心会も殆ど立正クラブと相前後して発足し比較的老練議員を中心として結成され、宗門の正常化、応の宗策策定、教学の振興等を旗として運動を続け、政権担当の局に近づき与党的立場をとって内局部長へ会員を送り込むなど華やかな活動をした。 当初会員数は約二五名位であった。 に浮沈を繰返しつつも主流派の地位を保持したが後刻会員数が三〇名位に膨張したのを頂点として分派し、無所属クラブを派生した。
一方前述の旧立正クラブの一部の人々は無所属議員中の数名の人々と共鳴し懇和会結成に踏切り約一〇名の同志を獲得した。 表面的な活動を開始したのは第一四宗会からで第一七宗会まで続き昭和四〇年の第四回総選拳の結果会員が約半数に激減したので自然解消して新しく発生した正全会へ流入するとなった。
他方第四回総選挙の結果は新人議員を多数生みこれらの人々は自己の研鑽と宗政の勉学のために共同研究を志し、昭和四〇年一二月より新人議員の結集を図り多数の賛同者を得て翌年二月予備的会合を重ね、次いで懇和会議員及び無所属議員若干名の共鳴を得てこれを包含し正全会なる新会派を誕生した。 当初会員一八名を数え更に二名の参加を得て総数二〇名となった。
正全会の綱領は、
(一)祖訓を奉じ宗憲を基調として宗内各般の制機構を時代応に刷新改し宗門の安定と相互の福祉増進を計りもって文化的民主宗団の完成を期す。
(二)会員相互の信頼と協力による強固なる団結力を養い宗門一〇〇年の大計を画策しこれが実現を期す。
(三)秩と名誉ある伝統を保ちつつ常に清新なる意欲をもって進歩を求め護法護寺のため公正にして機動に富む宗門の責任政治の確立を期す。
と称し毎年数の研究会を持ち、地道な活動を基調として堅実な歩みを続けたので派手さはないが大方の賛助を受けることができた。
しかし昭和四四年第五回総選挙の結果同心会が二九名、正全会一五名、無所属一名となった。 翌四五年に至り大会派たる同心会の内部情より一四名の大量分派が起り、ここに無所属クラブは結成され、次いで顕正会と改称した。 残留議員の中より一名が無所属と席を変えたので同心会も一四名となりここに初めて三会派鼎立の代を迎えることとなった。
昭和四八年第六回総選挙の後同心会と顕正会は再び同一会派として合同することとなり会派名も新たに顕心会と改め左の綱領を掲げた。
顕心会の綱領は、(一)われわれは異体同心の祖訓を奉じ、皆帰妙法の祖願達成を期す。
(二)われわれは破邪顕正信念を堅持し、宗門秩の確立を期す。
(三)われわれは宗門組織の和合を尊重し、民主的福祉宗団の発展を期す。
かくて顕心会二三名、正全会一九名、無所属三名となり、更に昭和五二年第七回総選挙の結果は顕心会二五名、正全会二〇名と従前通りの会派関係を保っている。

【補記】
上記は昭和五六年発行『日蓮宗典』掲載の内容である。

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