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顕仏未来記(一二五)

けんぶつみらいき #5236

顕仏未来記(一二五)

けんぶつみらいき

一篇。 文永一〇年(一二七三)閏五月一一日撰述。 佐渡一谷における著述。 五二歳。
真筆身延山久遠寺曽存。 日進書写本同寺蔵。
本書は特定の対告衆に宛てたものではなく、門弟檀越一同への教示と見るべき著述で、三国仏教史上における聖人の歴史的位置を自ら明らかにされたものである。
ち文永九年二月『開目抄』を著して本化上行の自覚を、仏記符号の「法華経の行者」として自らの開迹顕本をなし終えた聖人は、翌一〇年二月『法華宗内証仏法血脈』を著して塔中別付血脈相承の系譜を明らかにし、同四月、自ら「当身の大事」と称する『観心本尊抄』を撰述して、聖人独自の本門の教法を開顕されたのである。
そして一月後に本書を撰述し、末法における正法弘通の導師を明らかにすべく八番の問答をもって、三国四師外相承を示し、自ら法華弘通史上の正統的系譜に列なるものと客観的に位置づけ、末法における本門法華経流布の担い手たる師自覚を表明されたのである。
題号は“未来記を顕す”の意で、文中に「我が言は大慢に似たれども、仏記を扶け如来の実語を顕さんが為なり」とあるように、末法の日本国に出現した聖人の折伏化導と法華色読、受難の体験は、経文の予言と仏の金言との的中を実証したものであり、これ即ち仏の未来記を実現、顕彰したものである、という意である。
内容は、まず法華経薬王品の「後五百歳広宣流布於閻浮提無令断絶」の文を仏の未来記として巻頭に掲げ、法華経正流布の末法に生れ法華経の真文と出会った果報は、正法・像法時代の龍樹・天親・天台・伝教に勝ることを悦び、次いで法華経弘通の時は末法なることを明かし、この時に当って諸天善神並びに地涌千界の菩薩の守護を得て、本門の本尊と妙法蓮華経の五字を一閻浮提に広宣流布する導師は、仏の未来記を色読し体現した日蓮聖人唯一人であることを、経論を引用して論証されている。
更に釈尊仏法を月に、末法の聖人の仏法を日に喩え、経文と事証を挙げて、本化弘通の大法は末法今時に日本国に興り、次第に中国からインドへと西漸し、一閻浮提に広宣流布することの必然を「月は西より出でて東を照らし、日は東より出でて西を照らす。 仏法又以て是の如し。 正・像には西より東に向ひ、末法には東より西に往く」と確信をもって説き示している。
そして正嘉・文永の地震・彗星等は、正しく本法広布・本化出現の瑞相に外ならないことを論じ、「願くば我を損ずる主等をば最初に之を導かん。 我を扶くる弟子等をば釈尊に之を申さん。 我を生める父母等には未だ死せざる以前に此大を進ん」と自利・利他の大願を述べている。
終りに『法華秀句』の文を引いて、法華経宝塔品の六難九易の文を色読した聖人が、法華経の行者として釈尊・天台・伝教の跡を継ぎ、三国四師の法華弘通の伝統を継承し、自らが末法の正導師なることを顕されている。
本書は、未来記を現証した聖人が、その主体的実践の立場から、仏法西漸、法華経の閻浮広布という聖人自身の未来記を述べると共に、聖人の末法に対する歴史的使命感、歴史形成の担い手の自覚を表明したものであり、その点において『本尊抄』流通分と密接な関連を有するものである。
《『遺文辞典』歴史篇「顕仏未来記」の項、『日蓮辞典』「顕仏未来記」の項》

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