雅楽
雅楽
ががく
雅楽には中国、インド、ベトナム、朝鮮、日本などがある。
雅楽とは雅正の楽の意味で、下品な俗楽と区別したのが語義である。
中国の雅楽は中国古代に儒教の礼楽思想に基づいて成立発達した宗教音楽で、朝鮮雅楽はまったく中国雅楽から分流した亜流である。
現在の日本雅楽は古代中国から渡来して来たが、中国で雅楽と呼ばれるもの以外に、古代インドその他の東洋音楽が融合し、中国宮廷の宴饗音楽や、古代朝鮮から渡来した俗楽を含む音楽および日本古来の神楽(かぐら)、東遊(あずまあそび)、催馬楽(さいばら)、倭舞(やまとまい)、久米舞(くめまい)、五節舞(ごせちのまい)等の宗教的音楽と鑑賞的音楽とによって完成されたものである。
明治維新以前は中国・朝鮮等からの輸入音楽だけを雅楽と呼び、日本国有の楽舞はそれぞれの固有名で呼ばれていたが、現在ではそのすべてを雅楽と称し、宮内庁楽部でこれを保存継承している。
古来、宗教と音楽とは重要な関係にあり、方便品・法師品等に簫・笛・琴・箜篌・琵琶・鐃・銅鈸・鼓等多くの楽器名が見られ、『聖徳太子伝暦』には「三宝二供養スルニ諸ノ蕃楽ヲ用フ」とあり、『東大寺要録』には、天平勝宝四年(七五二)盧舎那大仏開眼を祝し、雅楽の内、唐楽・高麗楽・林邑楽・度羅楽・久米舞・相伏舞等が奏された事が記されている。
この様に、飛鳥・奈良時代には多くの音楽が輸入され、仏事の楽として隆盛を極めた。
また桓武天皇は延暦一四年(七九五)正月、難波行幸のとき天王寺の舞楽を上覧されたことより、朝廷において貴紳の間に尊重されその伝承に力をそそいだ事は明らかで、奈良朝以後楽部を持っていた近畿の大寺に於ては、殊更にその伝習継承に努めた。
本宗も『身延山史』によれば、祖山舞楽の濫觴は、弘安四年(一ニ八一)本堂落慶式における「延年」にその端を発し、「第十一代行学院日朝舞台を構へ、大衆舞、稚児舞の神楽を挙行し、日蓮聖人の御威光増益の秘曲を伝へしに中興し、爾来廃せず十三種の曲目相伝せられたり」とあり、その後も諸種の変遷により、寛政年間第四九世日地時代には九曲となり、文久元年日琢時代に一八曲となっており、毎年、涅槃会・誕生会・開闢会・盂蘭盆会・大会式・小会式毎月三日講等に演奏されその伝承にも力をいれ、楽人を奨励して諸種の特典を与え、また、懈怠を戒めた事が記されている。
雅楽と一般的に我々が呼んでいるものは、この中の管弦及舞楽を指しているもので、その使用楽器を大別して、打楽器(打太鼓・楽太鼓・鞨鼓・大鉦鼓・鉦鼓・三鼓(さんのつつみ))と、管楽器(龍笛・又は高麗笛・篳篥・笙〈是を三管という〉)、弦楽器(楽箏・楽琵琶)を夫々の組合わせにより、使用する。
管弦は、打楽器、鞨鼓・楽太鼓・鉦鼓、管楽器は、龍笛・篳篥・笙。
弦楽器は楽箏・楽琵琶によって奏されるが、通常法要式典楽には弦楽器は使用されない。
舞楽には唐楽(左舞)、高麗楽(右舞)があり、高麗楽では笙は使用されず、龍笛の代りに高麗笛を使用するのが通例である。
又、太鼓は打太鼓を使用。これを表記すれば左の通りである。
左 舞 右 舞
三管を用いる 笙を用いず
龍笛を用いる 高麗笛を用いる
鞨鼓を用いる 三鼓を用いる
打太鼓は金色にして 打太鼓は銀色を用い
巴紋は三つ 巴紋は二つ
舞人の装束は緋色 装束は緑色を主とする。
足運びの進退が反対になっている。
雅楽曲の構成の基本は合奏であり、中国では各楽器の独奏もあったが、わが国では早く廃って、管弦の合奏のみが常例となった。来朝当時の楽器の種類は、今日に倍していたと伝えられる。
または、合奏法は以下のようである。
管楽器中、篳篥は骨子となる主要旋律を吹き、龍笛は之に対し装飾音を交えた大体に於て同型の旋律を奏する。
笙は唐楽の管絃に於ては旋律的なものを吹かず、必ず合竹(数種の音を同時に発する、和音)を奏している。
弦楽器、打楽器は拍子を司る。
打楽器が拍子を司る事は現代の西洋音楽に於ても同じ事であるが、弦楽器が拍子を司るのは雅楽だけであろう、このため通常の式典楽に於ては、弦楽器が外される事が多いのであろう。
篳篥は今日の雅楽に用いられる唯一の竪笛で、長さ約六寸、末端の径約三分、前面に七穴、裏穴二穴あり、穴の名称は上より、丁(テイ)(黄鐘)、一(イツ)(下無)、四(シ)(平調)、六(リク)(壱越)、几(神仙)、工(盤渉)、五(黄鐘)。
筒音は双調、裏穴二六中上部の一穴のみ使用しこの名称は⊥(双調)であり下穴は教訓抄によればムと示されているが、これは無の意味であろうとされている。
材質は煤竹を用い、これに樺(かば)(櫻の表皮を糸状にして漆で巻き付けたもの)である。
これに芦で作られたリード(二枚筈)を差し込み、中間にセメ(責)を差し込み吹奏するが、材質により音の上下がある為に各楽器共多少の長短がある。
笙は長短の竹管を円環形に集めた多列笛で、その形は鳳凰に似せて作ったものであると伝えられるため、鳳笙とも呼ばれているが、古来の笙は吹口が鳥の頸の如くであったが、現在では吹奏しやすく改良されたものであり、一七本の竹管を椀形の頭に篏めこんだもので、竹管の先に根次ぎ(この親分が頭に差込まれる)があり、これを舟底形に竪半分をそぎとり、この部分に簧、サハリと呼ばれる金属を特殊の刀でハーモニカのリード状に切るが、平面の簧の中にこのリードを掘り、これに孔雀石のサハリで刷り下したものを塗り、鉛粉と鑞、松脂を練り合わせたものを、オモリとして付け、これを舟底形の根次口に鑞、松脂で止め付ける。
根次上の穴を押え、吹ロより息を入れ音を発するが吹いても吸っても同音が出るのがこの楽器の特徴で、通常は六音の和音を奏している。
この一七本のうち二本は簧がなく音は右人指指を入れる所より吹口の方に、順次千(下無)、十(双調)、下(下無)、乙(平調)、工(上無)、美(鳧鐘)、一(盤渉)、八(平調)、也(リード無し)、言(上無)、七(盤渉)、行(黄鐘)、上(壱越)、几(壱越)、乞(黄鐘)、毛(リード無し)、比(神仙)となっている。
横笛は一名龍笛とも呼ばれ、長さ一尺三寸三分、文字通りの横笛で、歌口(息を吹き込み音を発する穴)の他に七穴あり、歌口に近き方より、六(壱越)、中(盤渉)、夕(黄鐘)、⊥(双調)、五(下無)、テ(平調)、シ(断金)、とあり、シを除き各々に甲音(セメ)、乙音(フクラ)のオクターブ違いの音を出すことが出来る。
以上が三管と呼ばれるもので、式楽としてはこの三管によって演奏されることが多いが、六人又はそれ以上の時にはこれに打物(打楽器の総称)を加える事もある。
合奏は、まず音取(ねとり)という小曲を奏することから始まる。
笙が吹き始めて音律を示す、笙が暫く吹いた後、それに合せて篳篥が音を吹き、次に笛がその調子を調べ、楽箏、楽琵琶が加わり打物では鞨鼓が加わり、楽箏の音で止まる。
なお、この場合の笙は、単音(拾い吹き)で吹く。
普通管絃吹きでは楽曲の始めは、横笛の音頭(一人のみで最初の数小節を吹く)があり、これに打物が加わり、笙が加わるとすぐ篳篥が吹かれ、一曲が演奏し終る迄、三管共休みなく吹き、曲の終行もしくは「止め手」と称される所では、各管の首席奏者三人のみで数小節を吹いて終る。
舞楽に於てはこの他数種の型があるが、式楽では使用しないので省略する。
雅楽には六種の調子があり、壱越調、平調、双調、黄鐘調、盤渉調、太食調とあり、舞楽曲、管絃曲夫々数十曲が伝承されているが、これを調子別に挙げれば左の如くである。
壱越調=春鶯囀颯踏・同入破・賀殿破・同急・迦陵頻破・同急・承和楽・北庭楽・蘭陵王・胡飲酒序・同破・新羅陵王急・回盃楽・十天楽・菩薩破・酒胡子・武徳楽・酒清司・壱團嬌。
平調=皇麞急・五常楽序・同破・同急・萬歳楽・三台塩急・春楊柳・林歌・老君子・陪臚・慶徳・慶雲楽・裏頭楽・相府連・勇勝急・扶南・夜半楽・小郎子・王昭君・越殿楽。
双調=春庭楽・柳花苑・回盃楽・颯踏・入破・酒胡子・武徳楽・賀殿破・同急・鳥破・同急(鳥とは迦陵頻の事を指す)・胡飲酒破・北庭楽・羅陵王・新羅陵王急。
黄鐘調=喜春楽破・桃李花・央宮楽・海青楽・平蛮楽・西王楽破・拾翠楽・蘇合急・青海波・鳥急・越殿楽・千秋楽・盤渉調=蘇合香三帖・同破・同急・萬秋楽破・宗明楽・輪台・青海波・白柱・竹林楽・蘇莫者破・千秋楽・越殿楽・採桑老・劔気褌脱。
太食調=太平楽通行・同破・同急・打球楽・傾盃楽急・仙遊霞・還城楽・抜頭・長慶子・蘇芳菲・輪鼓褌脱・庶人三台。
この他に高麗楽に数十曲あるが、これ等は式楽としては使用された記録がないので割愛する。
又、平調・黄鐘調・盤渉調に「越殿楽」と記されているが、これは「渡物(わたりもの)」と呼ばれ転調されたもので、洋楽の転調はメロディーが変らないが、雅楽は音階が少ないため同じ曲でも転調するとメロディーが全く変り、同一曲とは思えない曲に変ってしまう。
又、楽曲中、序・破・急とあるのは、洋楽に於ける第一楽章・第二楽章・第三楽章の如くと考えれば良い。
大曲、舞楽曲の通例の形であるが、伝承中、不明になってしまったものもあり、必ずしも序・破・急の三つがそろっているものばかりではない。
これは雅楽の伝承は口伝であったため、その家元で保存されていたが、楽器は各管別に伝承されていたため、三管中一管の伝承が欠けたため失われてしまった事もあり、各楽家にあった秘伝・秘曲等もあり、現在に伝えられているものは前記の如くである。
身延山史に見える行学朝師時代の十三楽曲は振鉾(楽曲はないが舞台を清める為鉾を以て笛と打物だけで舞う)、三台塩急・甘州・案摩、二ノ舞(この曲も特殊のもので全曲打物と笛のみで奏される)、千秋楽(調子は不明)・還城楽・羅陵王・地久(高麗曲)・抜頭・陪臚(原本は爐となっている)・蘇合香・獅子(不明)、廷喜楽(高麗曲)寛政年間の日地上人時代の九曲は洒胡子・胡飲酒・賀殿急・鳥急・五常楽急・王昭君・越天楽・合歓塩(太平楽急)・抜頭とあり舞楽曲はない。
文久年間(一八六一-六四)の音楽目録には壱越調・胡飲酒・酒胡子・賀殿急・迦陵頻急・武徳楽・蘭陵王、盤渉調・千龝(秋)楽・越天楽、平調・越天楽・、五常楽急・三台塩急・老君子・景(慶の間違と思う)徳・林歌・王昭君、太食調・合歓塩・抜頭となっている。
この他日蓮聖人二〇〇遠忌に京都本圀寺に於て法華経読誦の間に公卿による雅楽の演奏があり、二五〇遠忌には、京都妙顕寺に於て同じく公卿達による雅楽の演奏があった(『実隆公記』)ことなどをみても、かなり古くから雅楽が法会の式楽として演奏されていたことが知られる。
そして、法要の式楽としての本格的編成は、三管三鼓で、鳳笙三、篳篥三、龍笛三(三管立て)、鞨鼓一、太鼓、鉦鼓一の一二名で式衆を兼ねることなく、別座(御簾内で演奏するのを、御簾楽という)で演奏する形態をとることことが望ましい。
なお、式楽には絃楽器(楽琵琶、楽箏)を加えないのがしきたりであるといわれている。
演奏する曲は、慶弔によって、その調子、曲目等を選ぶのである。
特に葬儀には盤渉調の曲を奏するのがよいとされている。
これは春夏秋冬土用の五節に壱越調、平調、双調、黄鐘調、盤渉調の五調子を配当して、春・壱越調、夏・平調、秋・双調、冬・盤渉調、土用・黄鐘調とするところから「盤渉調は悲しみの音」として主に葬儀に用いるものであろう。
楽器を習得するには、まず三管中一を選び、唱歌(しようが)の書かれた譜面(笛・篳篥は片仮名によって記されているが笙はその音名を記してある)を歌い、その楽曲のメロディーとリズムを覚えた後に楽器吹奏を習得するのであるが、昔は口伝であったため、洋楽の如く五線紙上に記号で表す事の出来ない所が多く、譜面は目安として保存されてきたため、唱歌を覚えなくては吹奏する事が非常に難しいのが雅楽の特徴である。
《『古事類苑』楽舞部、『大日本史』礼楽志、『歌舞品目』、『楽家録』、『体源鈔』、『続教訓鈔』正、『続群』管弦部、『楽曲考』、『信西入道古楽図』、『舞楽図説』、『歌舞音楽史』、『日本音楽の研究』、『日本音楽史』、『日本音楽概論』、『日本古代音楽史論』、『国史大辞典』三巻「雅楽」の項》
(金子善英)
図版