三日講
三日講
みつがんごう
身延山において二世日向の命日に当る毎月三日に行われていた論議。
論議とは経論の要義を講師並びに問者により問答議論すること。
また講論・問答などといい、身延では三日講問答という。
身延十一世日朝(一四二二-一五〇〇)が開いた。
日朝は勉学期に関東の仙波檀林へ赴き、天台教学の研鑽に努めたが、そこにおいて論議は重要な位置を占めていた。
それは後世の法要儀式化したものではなく、求道学究的な一種の競技であり、学位資格となる程のものであったらしい。
日朝は恐らくここからの影響であろう、寛正六年(一四六五)に「三日講問答」を、応仁元年(一四六七)に「立正会問答」を、そして諸宗にわたる論議を目的とする「例講問答」等を開いて、身延山教学の振興に努めている。
日朝が「三日講」の論旨、講評等を筆録したものは一三七題、紙数三〇〇〇枚に上っている。
その表題の二、三を掲げると「三転法輪殊乖稟承事」「三世諸仏説皆名法華事」「前代未聞事」などである。
日朝以降、二一世日乾、二二世日遠、二六世日暹などの筆になるものが身延文庫に現存するが、やがて固定化し、儀式化していった。