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約束(滅後の弘教)

やくそく #4422

約束(滅後の弘教)

やくそく

地涌の菩薩が、仏前において滅後の弘教を誓ったことを、三仏と地涌の大菩薩の約束という。『観心本尊抄』の「是くの如き高貴の大菩薩三仏に約束して之を受持す」の文による。
法華経見宝塔品第十一において、虚空の塔中にまします釈尊は三箇の勅宣を発して滅後弘の発誓を要請された。
「誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん。今正しく是れ時なり。如来久しからずして当に涅槃に入るべし。仏、此の妙法華経を以て付嘱して在ることあらしめんと欲す」〈第一の勅宣〉、
「諸の大衆に告ぐ、我が滅度の後に、誰か能く斯の経を護持し読誦せん。今前に於て自ら誓言を説け」〈第二の鳳詔〉、
「諸の善男子、我が滅後に於て誰か能く此の経を護持し読誦せん。今前に於て自ら誓言を説け」〈第三の諫勅〉。
天台大師智顗はこれを「玄を明かして付嘱するに声下方に徹す」(『法華文句』)と注し、この要請の梵音は、在世の衆生に対しながら、その実は大地の下に在る地涌の大菩薩に向けられたものであると釈した。
ち、釈尊は大地下方の大菩薩に滅後弘教の発誓を要請され、従地涌出品第十五に出現した地涌の大菩薩は、如来神力品第二十一の冒頭において「世尊、我等仏の滅後、世尊分身所在の国土・滅度の所に於て、当に広く此経を説くべし。所以は何ん、我等も亦自ら是の真浄の大法を得て、受持・読誦し解説・書写してこれに供養せんと欲す」と滅後の弘を誓ったのである。
これを日蓮聖人は『観心本尊抄』に「かくのごとき高貴の大菩薩三仏に約足してこれを受持す。末法の初に出でざるべきか」(定七一九頁)と説示されたのである。
地涌の大菩薩教主釈尊初発心の弟子として久遠の化導を受け、滅後における釈尊の御本懐実現の委嘱を受けたのである。
不嘱の契となる釈尊の入滅(不滅の滅)は地涌の大菩薩を媒介として、釈尊の御本懐を実現されるもので、地涌の大菩薩の弘教は釈尊の御意志の中でなされるものにほかならない。
ち地涌の大菩薩の滅後の弘教は、釈尊との約束履行として、釈尊の歴史の中に必然づけられているのである。
これを三仏との約束とするのは、見宝塔品の虚空会上における釈尊の発声が、塔中二仏並坐、分身来集のなかでなされ、この三仏がそろわれた本門八品の中で地涌の大菩薩が滅後の弘経を誓ったためである。
また、日蓮聖人遺文中には「つたなき者のならひは約束せしをまことの時はゆするゝなるべし」(『開目抄』定六〇四頁)、「いふにかひなきものなれども、約束と申すはたがへぬにて候」(『上野殿御返』定九八八頁)などとあって、世俗倫としての約束が重視され強調されもする。
現実の社会生活と信仰・法華信仰の一体の在り様を示すものである。
聖人宗教の一特色である。
《『遺文辞典』歴史篇「約束」の項》

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