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宗門教育機関

しゅうもんきょういくきかん #1754

宗門教育機関

しゅうもんきょういくきかん

宗門の師を養成する機関のことで、現行『宗制』「教育規程」によれば(一)立正大学及び身延山大学(二)立正高等学校身延山高等学校及び所定の宗学並びに仏教学を教授する高等学校(三)宗学林となっている。 ほかに宗学林または高等学校就学以前の者に施す課程に僧風林があり、これら教育機関を修了した者全員に課する信行中心の信行道場がある。
以上が現在宗門における育機関の大綱であるが、ここに日蓮宗学制の変遷について略述すると、我が宗門における教育機関は天正八年(一五八〇)下総(千葉県)飯高、京都松ケ崎に開設された檀林を渕叢とし徳川代には関東八、関西六の多きを数えたが、明治維新の変革に遭遇し荒廃した。
明治五年(一八七二)新居日薩はこれら諸檀林を全廃し、芝二本榎承教寺内に宗教院を設け学徒の養成を開始した。 従来個々に開かれていた僧侶の教育を宗門行政の項としたわけである。
ち日薩は同八年五月宗教院を大院と改め更に六月、一宗の大会議を開き宗規を定めて宗門機構の整備をなすと共に関を組織化するに至った。 全を九区に分け、第一区東京に大教院、他の八区に中教院を置き、また地方により小教院(宗学所)を設けた。
同一七年一一月区を改正し全を一二区に分け、大教院を大檀林として東京に置き、第一区東京(池上)、第三区山梨(身延)、第五区(京都)に大檀支林を設けた。 中院を檀林と改称して他の九区に置き、小教院を宗学林と改称した。
同二八年六月育制を改正、全を三大学区一二教区に分け、大檀林を東京に置き、東京(池上)、山梨(甲府)、京都(六条)の三大学区に中檀林を設け、一二教区に小檀林を設けた。
同三六年六月臨宗会の決議により教育機関の統一を企図し、小檀林を全廃、三中檀林を合併して一大学林とし、これを東京大崎の地に設立することに決定した。 こうして同三七年四月専門学校令による日蓮宗大学林設置の件が認可された。 「宗則日蓮宗大学林規則」によれば、大学林は宗立としこれを東京に置き、高等科第一部の場は京都に置く。 専門科高等科中等科をもって構成。 大学林の運営その他に関し日蓮宗大学林協議会が設けられ、全一二区より一名宛選出、一二名をもって構成した。
同三九年三月高等科第一部の場を閉鎖、東京の大学林に併置、同四〇年四月学則を変更して日蓮宗大学と改称、大正八年(一九一九)五月財団法人日蓮宗大学設立、同九年四月学則改正、同一三年大学令による立正大学設立が認可された。 研究科学部予科をもって構成されたが、家教育制度の変更により六三三制実施の結果、予科が消滅し、立正高等学校となった。
身延山短期大学、同高等学校については明治二六年、祖山大学院が開かれ、同三九年祖山学院と改称、現在身延山短期大学同高等学校となっている。
なお宗門には交番学校(本名交番院)と称するものがあった。 宗学の短期習をするところ、生徒定員三〇名、交番一回六〇日、年三回開設となっている。 これは明治八年第一区において開始、一一年中院開校まで開設、他に大阪において一回開校。
私立小学校令=明治三七年三月二五日宗令第六四号をもって発布。 信念を涵養し宗乗の初歩及び普通育を授けることを目的とする関についての法令。 修行年限四カ年、小学校卒者を入学資格とする。
宗内私立学校=宗内の僧侶または寺院もしくは団体が師養成のために設ける関のこと。 第二次世界大戦前、宗内私立学校認可規則が施行されていたが、それには設立出願の方法、設立後における人の移動、年度末学報告その他について規定されている。 これに該当する関として戦争中頃まで次の施設があった。 池上学林(池上本門寺)、法苑学院(深川浄心寺)、堀の内栴檀林(堀の内妙法寺)、中山学林(中山法華経寺)、小室山栴檀林(小室山妙法寺)、小湊栴檀学院(小湊誕生寺)、愛知立正学林(西春日井新川町)、光山専修学院(元光山栴檀林・京都本圀寺)、大阪立正学院(元大阪本化栴檀林・本妙寺)、南紀学林(和歌山蓮心寺)、稲荷山学林(岡山妙教寺)、星山学院(熊本本妙寺)、日蓮宗尼衆宗学林(元尼衆修道院・現存・京都涌泉寺)、鶏林学院(京城護寺)、満州立正学林(大連大蓮寺)。
僧風林=僧風育の徹底を期するため、修行期間を定め(約一週間)輪番区單位に設けられる初歩の関である。 沙弥または沙弥になろうとする者に僧風の基礎を修行させる。 総長が当該輪番区内の宗務所長に諮り適当な寺院を会場として選定、林長一人、必要により師を委嘱する。
《『新居日薩』、『日蓮宗沙弥校記』、牧口泰存・増田海円共編『現行日蓮宗法令』、『立正大学一覧』『日蓮宗法規』(昭和八年版)、『日蓮宗宗制』、『立宗表』大院版》

【補記】
上記は昭和五六年発行『日蓮宗典』掲載の内容である。

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