顕謗法鈔(三一)
顕謗法鈔(三一)
けんほうぼうしょう
(三一) 日蓮聖人が弘長二年(一二六二)伊豆伊東において四一歳のとき著された御書。
真蹟二五紙が身延山に曽存していたとされ『昭和定本日蓮聖人遺文』は寂照日乾の真蹟対照本(京都本満寺蔵)を底本としている。
周知のように日蓮聖人は謗法の罪の認識を重く見たが、改めて一書にその名を冠した遺文はない。
その意味で本書は「謗法を顕す鈔」と読むべきであろうから、重要なものといえよう。
本書は四段より成り、第一に八大地獄の因果を明かす。
この段は恵心僧都源信(九四二-一〇一七)の『往生要集』の地獄描写と照応する。
それは経論の描写の類聚であり、これによって地獄の苦を確かめたものと思われる。
第二に無間地獄の因果の軽重を明かす。
日蓮聖人以前においては、最下の無間地獄に堕する業因は五逆罪を犯すこととされた。
しかし釈尊入滅後、殊に末法にあっては、五逆罪を犯す対象がなく、殺父・殺母は仏法以前に尊属殺人として世法によって厳しく誡められている。
それならば末法における重罪は何かというと、それは正法(仏法)を誹誇する罪である。
この正法を誹誘するとは、いかなる仏法であれ批判することはいけないというのではなく、釈尊の教説の結論である法華経を誹謗する罪を指す。
第三に問答料簡。
前の五逆罪と謗法罪の相違をふまえて、謗法の行為を検討する。
謗法とは法に背くこと、正法を人に捨てさせること、すぐれた経を破することである。
結局、末代の衆生は初住の位に入る人とてなく、法を伝える僧も人々の機根を知ることもないのであって、その状況を予見された釈尊が、末法にあっては順縁の者にも逆縁の者にも法華経を説けと付嘱されているのである。
従って何よりもそれに背くことが謗法であるとする。
そして、よい後世を願う人は悪縁を恐れる以上に、悪知識即ち悪い指導者に気をつけよと語られる。
第四は弘法用心抄で、仏法を弘めるときには必ず教・機・時・国・序の五義によらねばならぬことを述べ、文中、謗法に言及している。
しかし教について述べたところで文章が終っている。
なお五義は伊豆伊東流罪中『教機時国鈔』において語られるが、本書は同書に続いて述べられている。
《『日蓮聖人遺文全集講義』六巻、渡辺宝陽「謗法・堕獄覚え書き」『日蓮教学研究所紀要』四号、『遺文辞典』歴史篇「顕謗法鈔」の項、『日蓮辞典』「顕謗法抄」の項》