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迂廻

うえ #4926

迂廻

うえ

遠回りしていくこと。 「迂回」とも書き、「うかい」とも読む。
『唱法華題目抄』に伝教大師の『註無量義経』には、爾前に説かれた蔵・通・別・円・頓・漸・不定・秘密の八教を挙げて四十余年未顕真実のうちにいれ、あるいは爾前の蔵・通・別の三教を歴劫の行となし、爾前の円教を直道となし、無量義経を大直道としているが、そこでいう歴劫修行のことが迂廻である。 ち歴とは経歴すということ、菩薩が三祇百大劫の修行を経て成仏する漸悟の法門を指す。 頓にいう一念成仏に対して、その道が迂廻なのである。
また遠沾院日亨著『巨水遠沾記』中には、末法に於ける即身成仏の巨益は、法華経の題目に依ることを説き、法華経のみが末法における枯槁の衆生を沾ほす巨水であることを論じている。 それまでは重門において、末法下種正意がいわれており、脱益は上根上智の少分に限ると考えられてきた。 それに対し日亨は、在世結縁は迂廻の機であり、末法こそ本門直機であって、共に正像に勝ると考えた。 教行証を論ずる時には、直機について論ずべきであり、教は一部に亘さず、題目の五字に限り、行は余行に亘さず、口唱の一行に限るとし、証は但聞不解の名字即より直ちに妙覚の仏果を証すると考えた。
かくして、それまでの往生正意、即成傍意説を破して、即成正意を主張し、今生に成仏したものこそ、永遠に生死を離れ、霊山浄土に住することが出来ると論じた。
《『遺文辞典』歴史篇「迂回」の項》

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