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歌舞伎役者

かぶきやくしゃ #3646

歌舞伎役者

かぶきやくしゃ

日蓮聖人に扮した代表的な役者には次の人々が挙げられよう。
近世の『日蓮記』においては、岩井半四郎、三代目菊五郎、八百蔵、市川団蔵、中村芝翫らが日蓮聖人に扮したが、その中でも九代目団十郎が河竹黙阿弥作『花椛高祖御伝記』で「動かぬ所作」により、渋くて写実的で重厚な日蓮聖人を演じたのが注目される。
明治二七年(一八九四)四月、名優・団十郎は福地桜痴作『日蓮記』でも歌舞伎役者をひきつれて日蓮聖人を演じ下の評判になった。
明治以降では勝諺蔵作『日蓮大菩薩真実伝』『日出国五字旗風』において日蓮聖人に扮した中村福助(のちの梅玉)が名高い。
福助は人に知られた日蓮宗信者であり、その舞台顔も大蔵卿の書いた日蓮聖人の面影に似ていたので、花道から姿を現しただけで賽銭が投げられたほどであった。
明治一四年一〇月に『日蓮大菩薩真実伝』を大阪道頓堀の中座で演じた時には、上演に当って祖師像を開眼し、演場の前に二丈七尺からなる巨大な万灯をかかげる熱の入れようで日蓮聖人を演じた。 これにより大好評を博し「福助の日蓮」と称された。
また福助の養子・政治郎が日朗上人を演じ息のあった舞台で観客を酔わせた。 この政治郎はのちに福助となり岡本綺堂作『出雲崎の遊女』で同じく日朗上人に扮した。
明治三七年四月、森鴎外作『日蓮聖人辻説法』が歌舞伎座で上演された折には、市川八百蔵(のちの中車)が荘重で沈着な語り口と物腰で日蓮聖人を演じ、守田勘弥も大正八年(一九一九)七月の帝劇で同じく『辻説法』の聖人に扮した。
歌舞伎役者では、これ以降片岡仁左衛門が額田六福作『出陣』(大正五年)で、七代目松本幸四郎は本山荻舟原作『史劇日蓮上人』(大正一四年)、田中智学作『社頭諫言』(昭和二年=一九二七)、松居松翁作『日蓮上人』(昭和六年)で日蓮聖人を演じた。
新劇関係では、東儀鉄笛の日蓮聖人が知られている。
高須梅渓作『龍の口の日蓮』(大正五年)を有楽座で、坪内逍遙作『法難』を大正九年二月の明治座公演にて日蓮聖人に扮した。
また同じ年に田中智学作『船守』で、翌年には『佐渡』において聖人を演じた。
また加藤精一も田中智学作『船守』や『まないた岩』で聖人に扮し、中井啓が中村吉蔵作『予言者日蓮』で聖人を演じた。
なかでも沢田正二郎の自作自演『折伏の日蓮』(大正一三年)は英雄僧の姿を演じた。
戦後、八代目松本幸四郎が日蓮聖人降誕七五〇年記念の明治座公演にて小幡欣治作『日蓮聖人』において重厚な日蓮聖人を演じ、七〇〇遠忌には津上忠作『日蓮聖人』を前進座が公演、嵐圭史が日蓮聖人に扮した。
山上ゝ泉『歴世法華文学物語』》

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