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花椛高祖御伝記

はなもみじこうそごでんき #4587

花椛高祖御伝記

はなもみじこうそごでんき

河竹黙阿弥が明治二年(一八六九)一○月に作った日蓮記。
江戸市村座にて初演。
九代目団十郎(当は七代目河原崎権之助)のために書いた代物(歴史劇)の脚本で、日蓮聖人に扮した権之助が重厚なしぐさとせりふで演じ、いわゆる腹芸による九代目式の芸風を暗示した最初の作品となった。
権之助の日蓮のほか坂東橘の日朗・中村芝翫の弥三郎、尾上菊次郎の千日女などの顔ぶれにより作品も芸も好評であったが、奇跡をほとんど盛りこまず、写実的な描写を中心にしたために興行成績はあまり振わなかった。
伊豆流から北条氏の手で捕われて竜口法難に遭い、佐渡の流罪生活を送ったのち、弟子日朗の持参する赦免状によって帰還するまでの日蓮聖人の姿を脚色した三幕物。
佐渡塚原の庵室に身をおく日蓮聖人や師弟の出会い、供養をうけた信徒の阿仏房千日尼との別れなど活歴への工夫が見られ、動作の少ない重厚な演出で代物としての日蓮記の特色を表現した。
坪内逍遙は、江戸代の日蓮記に比較して「前の諸作に比ぶればやゝ日蓮記らしき筋立なり」と評している(『法難』付録 大正九年=一九二〇)。
それまでの日蓮記物に比べて筋の展開に無がなく奇瑞よりも写実を重視した作品としての評価が高い。

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