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森鴎外

もりおうがい #3603

森鴎外

もりおうがい

(一八六二-一九二二)小説家・伝記・劇作、翻訳者。陸軍軍医。
「近代日本の文豪」として名高い。
石見(島根県)津和野生れ。
本名林太郎。
ドイツ留学後、訳集『於母影』を出版し雑誌『しがらみ草紙』を創刊。
明治二三年(一八九〇)ドイツ留学中に出会ったエリスとの悲恋を胸中に秘めつつ処女作『舞姫』を書き「人知らぬ恨」の意識を表明した。
また坪内逍遙と没想論争を展開し美的な想主義を主張した。
他方、公的生活は終生軍医として送り日清・日露戦争に出征、陸軍医軍監を経て近衛師団軍医部長となった。
小倉左遷により雌伏してを待ち軍医総監に就任した。
山県有朋との接近を図ったが、官僚と文学者という公私の矛盾した生活に終始苦闘し続け、そこから権力・のしがらみや人の実相を鋭く描く独自の文学を大成させた。
『ヰタ・セクスアリス』『雁』『妄想』等を発表した後、乃木希典殉死を契に歴史小説『興津弥五衛門の遺書』を執筆、次いで『阿部一族』『山椒大夫』『堺事件』史伝『渋江抽斎』等に傾注し、「歴史其儘」を尊重、主観を抑制しながら冷徹な国家批判を歴史小説のうちに貫流させた。
明治三七年三月、四三歳の戯曲『日蓮聖人辻説法』を書く。
これは、弟の三木竹二の創刊した雑誌『歌舞伎』を支援し、同誌第四七号に創作戯曲として発表したもの。
なお、明治三七年四月七日付で妻しげ子宛に日露の戦場から手紙を送っているが、その結びに「七日 日蓮 やんちゃ殿」と記している。
真面目で正直だが、協調に欠け「耐忍」することができない「やんちゃ」な妻の格を「日蓮」に擬したものと想定される。
《『史大辞典』一三巻「森鴎外」の項》

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