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曼荼羅不敬問題

まんだらふけいもんだい #3270

曼荼羅不敬問題

まんだらふけいもんだい

日蓮聖人の図顕した曼荼羅中に列座勧請されている天照大神と八幡大菩薩の抹消および改変を皇祖神への不敬の名のもとに強要された件。
日蓮聖人遺文削除問題と共に日蓮門下教団に加えられた代表的な信仰教義に対する迫害の例。
明治元年(一八六八)、明治新政府は曼荼羅から照・八二神を除くことを命じた。
これは廃仏毀釈神仏分離の動きと国家神道を指導理念とする政府の方針に基づくもので三十番神称号の禁止や撃鼓行進の停止をふくむ日蓮宗に対する抑圧政策として提示された。
更に昭和期に入り、戦下で家神道と体に基づく体制が強化されたことにより、この問題は再燃した。
昭和一二年(一九三七)、兵庫県神職会会長徳重三郎が日蓮宗曼荼羅における照大神尊号の座配について不敬に当る旨を神戸地裁に告訴した。
この告訴は却下されたものの同問題に関する是正刷新の気運が醸成された。
更にこの頃、本門法華宗より発行された苅谷日任著『本門法華宗教義綱要』(昭和十一年発行)に記載される国神についての「現相鬼畜」(天照大神の諸神は内証にしたがえば仏菩薩にあたるが、現実の相から見れば鬼畜に摂する)の説が、皇祖神の尊厳を冒涜する不敬内容を述べたものとされて非難攻撃され、同じ趣旨を記した著作論文も問題になった。
これ以降、原日本社の簑田胸喜らによって攻撃がなされ、昭和一六年四月ついに本門法華宗責任者六名が一斉逮捕され投獄されるという事態に発展し、曼荼羅神不敬についての裁判が続行され、昭和二〇年一〇月の公訴権消滅により終止符を打った。
この過程で本尊をめぐる教義論争も行われ、曼荼羅不敬に対する弁明を公表して解決を図った山川智応に向っても、内務省は弁明書を刊行したこと自体が日蓮教学中への一般の誤解を招く反体学説であると断定した。
日蓮宗内でも天照・八幡の神名削除は日蓮聖人の真意に背くとする国神抹消に反対する声があがり、また国体に適応する翼賛曼荼羅にすべきであるという考えも出され、他方では天皇本尊論さえ提示された。
しかし、いかなる場合でも政府は曼荼羅中に天照大神(皇祖神)と八幡(応神天皇を祭神とする)を列座する限り絶対尊崇の国体の尊厳を冒涜する不敬とし、曼荼羅の絶対性及び垂迹神・守護神としての照・八の位置づけと役割を抹消改定される方針をとった。
教法の尊重を説述するが為に往々国家権力をも軽んじて法主国従(国家よりも仏法を貴しとする思想)的言説を流布し、或は仏主神従の信念より我固有の神祇観を無視して皇祖神を初め奉り、八百万の神を誹謗し奉りて其の尊厳を冒涜し奉るが如き説を流布する」(『内務省警保局資料』昭和一四年・一一六四頁)、というのが内務省の見解であった。
従って、この問題の禍因は「日蓮と主神従の神祇観」にあると認定することにより、曼荼羅の尊厳と日蓮聖人の信仰教義を否定し、これを奉ずる日蓮門下教団を国体と国家神道体制下に統制していく政府方針の徹底化から曼荼羅神不敬問題が引起されたと考えられる。
体および皇祖神への不敬という名目で信仰教義を否定改変しようとした実として、この問題は社会的にも重要な例として記録されるべきである。
山川智応『御本尊御遺文問題明弁―日蓮聖人に対する両般の誤解を正す』、小笠原日堂『曼荼羅国神不敬事件の真相』、石川康明「日蓮遺文削除と国神勧請問題」『戦時下の』》

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