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六念

ろくねん #751

六念

ろくねん

六種の思念のことで、六随念、六念処ともいう。
『長阿含経』巻二には「一には念仏、二には念法、三には念僧、四には念戒、五には念施、六には念天」(『正蔵』一巻一二頁上)とあり、また『大般涅槃経』一八巻(『正蔵』一二巻四六八頁上以下)には、この六念が詳しく説かれている。
念仏とは、仏は如来十号に表されている如く応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊であって、常にこののことを念ずること。
念法とは、教法とはよく一切の生死を断ぜしめ、解脱に至るえであることを念ずること。
念僧とは、の弟子は教法に隨って修行し、一切衆生の供養すべき良福田であるとして念ずること。
とは、をまもり破せずに浄に住すれば、悟りの門に至るのであって、それ故にを念ずる。
念施とは、執着を離れて布施を行ずれば自ら菩薩行としての六波羅蜜具足して、菩提に至るが故に布施を念ずというのである。
とは、正信心ある者は命終りにして四天王等の六に生ずるのであって、このを第一義という。
それ故に諸のことを念ずるのである。
結局これらの六念は、仏法僧の三宝を念じ、浄戒及び布施を念じ、所生のを念ずるものである。
なお日蓮宗の六念は「発願」、即ち誓願を起すことと見なされ、『宗定日蓮宗法要式』(四〇三頁)には「念仏救世大慈父、念法出離解脱門、念僧所有良福田、念戒無上菩提本、念施具足波羅蜜、念護法利群生」の文が記されている。
《『遺文辞典』教学篇「六念」の項》

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