六念
六念
ろくねん
六種の思念のことで、六随念、六念処ともいう。
『長阿含経』巻二には「一には念仏、二には念法、三には念僧、四には念戒、五には念施、六には念天」(『正蔵』一巻一二頁上)とあり、また『大般涅槃経』一八巻(『正蔵』一二巻四六八頁上以下)には、この六念が詳しく説かれている。
即ち念仏とは、仏は如来の十号に表されている如く応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊であって、常にこの仏のことを念ずること。
念法とは、仏の教法とはよく一切の生死を断ぜしめ、解脱に至る教えであることを念ずること。
念僧とは、仏の弟子は仏の教法に隨って修行し、一切衆生の供養すべき良福田であるとして念ずること。
念戒とは、善く戒をまもり破戒せずに浄戒に住すれば、悟りの門に至るのであって、それ故に戒を念ずる。
念施とは、執着を離れて布施を行ずれば自ら菩薩行としての六波羅蜜を具足して、菩提に至るが故に布施を念ずというのである。
念天とは、正信心ある者は命終りにして四天王等の六天に生ずるのであって、この天を第一義天という。
それ故に諸天のことを念ずるのである。
結局これらの六念は、仏法僧の三宝を念じ、浄戒及び布施を念じ、所生の天を念ずるものである。
なお日蓮宗の六念は「発願」、即ち誓願を起すことと見なされ、『宗定日蓮宗法要式』(四〇三頁)には「念仏救世大慈父、念法出離解脱門、念僧所有良福田、念戒無上菩提本、念施具足波羅蜜、念天護法利群生」の文が記されている。
《『遺文辞典』教学篇「六念」の項》