長遠寺(山梨県南アルプス市)
長遠寺(山梨県南アルプス市)
じょうおんじ
山梨県南アルプス市に所在。
恵光山と号す。
江戸時代、甲斐における身延山久遠寺の触頭三ヵ寺の一つとして、触下五八ヵ寺、末寺二七カ寺を支配し、朱印地七石四斗、境内二四〇五坪を領した。
その草創は、真言宗で現在の南アルプス市甲西町戸田にあり、鎌倉初期の武将加賀美次郎遠光の祈願所であったと伝えている。
遠光は、同じ若草町加賀美の真言宗法善寺がその館跡と伝え、地域の豪族であった。
開山大心房阿闍梨は、小室妙法寺開山日伝の俗弟で、日伝が日蓮聖人に帰依して改宗したことを怪み、日伝を詰問、身延の沢に聖人を訪れ問答したころ、その疑問はたちまちにして氷解し受戒、久成院日心と改名した。
建治三年(一二七七)のことという。
現在地、鏡中条は、弘安二年(一二七九)日蓮聖人によるこの地巡教の時、逗留、説法された霊地であるので、これを護持するため、ここに寺を移転したという。
開山日心は、康永二年(一三四三)九月二一日、八二歳にて示寂した。
永禄年間(一五五八-七〇)武田信玄の家臣五味土佐守長遠の開基により新たな堂宇が建立され、寺観一新したという。
考えるに、現在の日蓮宗長遠寺の草創ではなかろうか。
江戸時代、明暦・宝永の大火ののち、八世にわたって再建事業が継続し、天明八年(一七八八)現在の偉観が完成した。歴代には戦後の内閣総理大臣・石橋湛山もいる。湛山は同寺住職・望月日謙の元で過ごし、自伝の中で「私が、望月上人の薫陶を受けえたことは、一生の幸福であった」と記している。
『甲斐国社記寺記』(慶応四年八月)によると、惣門・二王楼門・本堂・祖師堂・八幡堂・朝師堂・客殿・書院・位牌堂・宝蔵・庫裡・鐘楼・常唱堂、塔頭玉泉院・称(外字「禾+本」)善房・教学房・法性房・唯運坊・閑静房・妙雲坊など七房が記されている。
現在、これらの諸堂のほとんどが現存し、県下最大規模の旧観を維持している。
寺宝には、日蓮聖人の消息、『日朝法華経講議録』、一切経、身延歴代の本尊など古文書多数を所蔵している。