鎮護国家
鎮護国家
ちんごこっか
教法によって国家を鎮静して守護するの意。
即ち国難を消滅し怨敵を降伏し、国家を安泰にするために経典を講説し、祈祷修法することをいう。
『仁王般若経』や『金光明経』の、国王や人民が、これらの経々を受持し講読すれば、七難を消滅し国家を鎮護する、との教説に基づく思想信仰である。
中国では南北朝時代からこれらの経に基づいて読誦講讃する法会が盛んに行われた。
日本でも『仁王経』『金光明経』『法華経』を「鎮護国家の三部経」、または「護国の三部」といい、奈良時代から『仁王経』『金光明経』の信仰が流行し、宮中や諸大寺において国家安泰を祈る法会が修された。
平安時代には仁王会・最勝会・法華会の三会が恒例の勅会として行われたのも、鎮護国家の信仰に基づくものである。
仏教は日本に伝わって以来、専ら鎮護国家の宗教として受容され、朝廷・貴族からその咒術的力に期待され信仰されたのである。
平安仏教を代表する最澄・空海の開いた天台・真言両宗も、鎮護国家を標榜することによって宗勢を伸張した。
特に比叡山は京都の鬼門に当ったので国家鎮護の道場として尊ばれた。
奈良平安時代の仏教は民衆救済よりも鎮護国家の宗教として国家に奉仕し機能することによって発展したのである。
鎌倉新仏教はこうした旧仏教の在り方に対する批判をその成立の大きな要因としている。
日蓮聖人の「立正安国」の思想は、旧仏教の鎮護国家の思想とは異り、仏法為本を基調とし、法主国従の姿勢で貫かれているところに特色がある。
《『遺文辞典』歴史篇「鎮護国家」「鎮護国家の法」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』『国史大辞典』九巻「鎮護国家」の項》