通師法類
通師法類
つうしほうるい
法類または法縁は仏教諸宗における同類同縁者の集りであって、法眷とも言われる。
当宗では室町末期から勃興した檀林(僧の教育機関)から発生した。
天正の初め関東の上総・下総地方に飯高檀林、中村檀林、小西檀林など八檀林が創設され、京都では松ケ崎檀林を始め六檀林が設けられた。
檀林には創設者の他に檀林歴代の長があり、これを能化または化主と称し、すぐれた能化には多くの聴聞僧が集った。
その出身者およびそこから出た有能な僧とその指南をうけた僧たちが集って、いくつかの僧の集団ができた。それはやがて法類、法縁と呼ばれた。
通師法類の開祖寂遠院日通(一六一四-七九)は京都妙伝寺一四世日勇に師事し、初め鷹ケ峰檀林に学び次いで師の後をうけて山科檀林の講主となり、明暦元年(一六五五)には妙伝寺一五世を継承し、更に飯高檀林一五世能化に招かれた。
時に随行する門下七〇余名といわれるほど多かったので、既に在った中台谷(さく)の龍眠庵、城下谷(ねごや)の向城庵の他に新たに松和田谷に松和軒を建て、檀林の教学大いに盛んとなった。
寛文八年(一六六八)池上本門寺二七世に迎えられ、五年後身延山三三世に瑞世し、晩年江戸谷中瑞輪寺に退き、疾を得て延宝七年(一六七九)二月遷化、六六歳。
通師法類は関西では勇師法類と呼ばれ、関東では四つの派生法類がある。
堀ノ内法類は通師より四代目の亨寿日観を祖とする。飯高の玄講主となり、のち堀ノ内妙法寺一八世となった。字を教海といったので「教の字法類」とも呼ばれ、武蔵・越後に門流が多い。
一ノ瀬法類の開祖は日観の法弟通玄日章で、顗海と称し、飯高の上座、松ケ崎檀林化主を経て甲州一ノ瀬妙了寺に瑞世、甲州において顗の字を冠する僧の多くはこの法系に属す。
千駄谷法類は東京千駄谷仙寿院の開基で、通師法類系の一源日遙を祖とするも、同第五世、是俊日如に至りて発展せる。即ち如師、飯高化主より越後村田妙法寺に瑞世し、武蔵、越後にその門葉栄える。
雑司谷法類も通師法類に属し、武州・能登に法系が多い。
別に六牙日潮を祖とする潮師法類もこの法脈から派生した。
《『身延山史』、『龍華年表』、『近世法華仏教の展開』、『棲神』三三号》