行学二道
行学二道
ぎょうがくにどう
『諸法実相鈔』の末文に「一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ。
あひかまへて、あひかまへて、信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給ふべし。
行学の二道をはげみ候べし。
行学たへなば仏法はあるべからず。
我もいたし人をも教化候へ。
行学は信心よりをこるべく候。
力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし」とある。
この御書は文永一〇年(一二七三)五月一七日に、最蓮房へ宛て出されたものである。
最蓮房については出生・経歴に異説もあり、またこの御書については真蹟が現存していない。
しかし「行学二道」については、日蓮教学の上で極めて重要な意義をもつものとして、古来重視されている。
即ち「行」とは修行のことであり、『開目抄』の中でも「法華経の行者」の究明がされているように、法華経を実践修行していくことであり、「如説修行」といわれているように、法華経勧持品二十行の偈文を行じていくことにより、末法の導師として、「仏使」としての使命を果し、本化としての自覚にまで到達されるに至ったのである。
これを「色読」といっているが、法華経の色読が行者としての使命であり責任である。
「行」なくしては仏道を得ることも、末法の救済もできないのである。
「行者」の究明が厳しくなされたのもそのためなのである。
「相い構えて、相い構えて、信心強く候て」という点から見てもわかるように、日蓮聖人の弘められた法華経の道は、まず「信行」から入って行かなくてはならないことがわかるのである。
次に「学」とは学問することであって、立教開宗に至るまでの間は広く一切仏教を学問し、仏教の真髄を究めるために「日本第一の智者となしたまへ」と立願された「智者」としての一面を指すのである。
『開目抄』には「智者に我義やぶられずば用いじとなり」とあり、更に『報恩抄』には「大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ、智者とならで叶ふべきか」とも述べている。
即ち学問によって智慧を磨き、正しい仏法をよくみきわめて、これを正しく行じ身に体していくための学問を励むことをいうのである。
従って日蓮聖人の言われた「行学」という場合の「学」は、一般世間で用いられているような、単なる知識や理論のみで終始するものではなく「行」を間違いなく進めていく上に必要な「学」であって「行のための学」であるといえよう。
即ち一切の仏法を習い究めて、末法の導師としての道を見極めるための学であり、邪智によって正義を破られないための学であり、更に仏弟子として仏使の道をあやまたず、仏法の大恩を報じて行く「行者」の進路を間違いなく歩むための学であったのである。
智慧の目を開き、実行の足で進むことにより、目的地に到達することができる。
行と学は鳥の両翼の如く、車の両輪に譬えられているが、どちらを欠いても仏法は成り立たないのである。
法華経では智慧第一といわれた舎利弗が成仏の記別を与えられた際「汝の智分に依るものではない」といわれている。
仏の悟りの境界は学のみで得られるものではない事を明らかにしたものである。
「行学は信心より起る」といわれている理由もまたここにあるのである。
《『遺文辞典』教学篇「行学の二道」の項、『日蓮辞典』「行学の二道」の項》