聖史劇佐渡
聖史劇佐渡
せいしげきさど
田中智学(一八六一-一九三九)の書いた聖史劇の脚本。(聖史劇とは、中世末期の欧州で盛んに上演された宗教劇)
大正一〇年(一九二一)三月、日蓮聖人降誕七〇〇年記念劇として東京歌舞伎座において新文芸協会により上演された。
日蓮聖人を世に知らせ日蓮主義を主眼に劇を方便とする芸術伝道を展開した田中智学の代表的な戯曲の一つ。
日蓮聖人の主張人格を誇張をはなれた実写によって表現することを目標にして書かれた。
このうち日蓮聖人の佐渡時期を取上げた理由は、佐渡期が日蓮聖人一代の中心であること、同時に日本皇室の統治する大日本国の世界統一観と日本国体観を示す日蓮主義の真面目がすべてそなわっていること、の二点からであるとしている。
構成は、序幕(上)宿谷邸内、(下)土牢の場。
第二幕印性房住庵の場。
第三幕(上)佐渡新穂の庄―阿仏房住宅。
第三幕黒木御所「殿居処」の場(夢)、同(下)同じく返し元の阿仏房住宅。
第四幕(上)塚原三昧堂、同(下)順徳天皇真野御陵。
第五幕(上)鎌倉名越の合戦、同(下)由比ケ浜の野陣。
第六幕本間重連新の館、第七幕真野御陵道。
七幕一二場もの。
承久の変によって佐渡に流された順徳上皇の墓所である真野御陵を主要な場に設定し、日蓮聖人をシテ、阿仏房(聖人に教化された佐渡の信徒。
順徳上皇に従って佐渡に住みついた家臣)をワキにして、承久問題の当事者阿仏房とその解決者である日蓮聖人とを浮き出させることを主眼とする。
日本の柱であり「日本国体の開顕者」としての日蓮聖人は、第四幕と第七幕に登場し正法の威力をもって日本国の国体を守り、国の柱となって国を救うという主張人格が強調されている。
また、日本国体の意義を説き開顕する存在としての日蓮聖人を描くことにより、そこに「日本の柱」としての聖者像を刻みつけようとしている。
「陛下の御国は万代の御国なり、日蓮かくて候はん上は、必ず正法の威力を以て陛下の御国を護り、祖宗の建業を輝し奉らん」といったセリフは簡潔ではあるが法華経による国体の開顕と護国をめざした作者の思想を投影させた一面を如実に提示するものとなっている。
他方、農民父子に代って亡き妻・母を供養したり、釈尊に国の乱れを救わせたまえと祈念し実践していく日蓮聖人も実写されている。
「国を救はんとする我れを怨(あだ)み、流罪死罪を以て法華経の行者を苦しめ、我れと我が国の柱を倒すあはれさを思ふにつけ、その行末を救はずば、本化の慈悲も甲斐あるまじ。いざ吾国の現在未来を救はんため法華三昧の修行を(略)」。
これは、迫害に遭いつつ国の柱として救国のために献身する本化上行菩薩・日蓮聖人の慈悲を語り示したものである。
作者自身は「芝居としての面白味といふことにも、自分では可なり注意したつもりだが、何分不案内の手さぐり仕事だから、工合の悪いところも多い」と記している。
主眼とした日蓮聖人一代の人格に対する「誇張を離れぬ実写」については必ずしも十分に実現されているとはいえないものの、国体の行者であり救国の大義を説き示す「国の柱」としての日蓮聖人の姿は明瞭に浮き出されており、国性文芸および芸術伝道を通して日蓮主義を宣布していく意図を実写した脚本であったといえる。