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撰法華経

せんほけきょう #2302

撰法華経

せんほけきょう

日蓮聖人の撰述になる『祈祷経』。
これは『末法一乗行者息災延命所願成就祈祷経文』の別称である。
いつ頃から「撰法華経」と呼ばれたかはさだかでないが、龍華日像が帝都伝道に当り、特に『祈祷経』を毎日読誦し、随身奉持されていたことは、弟子、檀那の注目するところで、この事は文保二年(一三一八=聖人滅後三七年目)正月一三日に日像の著した『祈祷経之事』によっても知ることができる。
爾後南北朝の内乱にもめげず、折伏伝道の実大いにあがり、『祈祷経』の読誦も亦僧俗の間に急速に弘まったであろうことは、影山堯雄の『日蓮宗教団史概説』の略年表、明応三年(一四九四)の項「このころ法華宗信者洛内に充満すという」によっても推察される。
これら多くの人々に対し『祈祷経』を授与することは不可能で、極く少数の人々にのみ授与されたことであろう。
しかし、「真俗如意」とある『祈祷経』の「勝妙の大果報」を得んものと、密かに書写し読誦していたものがあったことも実であろう。
正式な伝授でないため『祈祷経』といわず、法華経から撰んだ御経即ち『撰法華経』と称したものと思われる。
この『撰法華経』のあまりの流行は「妙法広布」の大願を忘れた「息災延命所願成就」の小願のみの読誦となったため『撰法華経付嘱御書』の厳誡となったのであろう。
ちこの『撰法華経』は
(1)六老僧に授与されたものである。
(2)秘書だから々読誦してはいけない。
(3)頭嘱の弟子(師が信頼する弟子僧)でなければ伝授してはいけない。
等と無相承の『祈祷経』即ち『撰法華経』の読誦を禁じている。
また『撰法華経』という語は室町時代より江戸時代初期迄の僧侶は用いていないのである。
江戸中期以降『祈祷経』の相伝が規定の修行をしたものにのみ伝授され、主として加行をする祈祷僧のものとなり、祈祇修法の原典でもある『祈祷経』がその名前を秘するためか、今度は祈祷僧によって『撰法華経』と呼称されるようになったのである。
この名前が現在の如く定着したのは明治後期以降のことである。
《『遺文辞典』歴史篇「末法一乗行者息災延命所願成就祈祷経文」の項》

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