十章鈔(八一)
十章鈔(八一)
じっしょうしょう
日蓮聖人が比叡山へ遊学中の三位房へ送ったもの。
文永八年(一二七一)五月に系るとされるが系年に異説がある。
真蹟は中山法華経寺に六紙所蔵されている(重要文化財)。
但し最初から「三」と丁付されている点から前二紙は散逸したものと思われる。
本鈔は『摩訶止観』の研鑽にある三位房に対して十章の法門に因んで、修学上の用意を示したものである。
『法門可被申様之事』にも見られる如く、三位房は才学に走って、本化の信念を失いがちであるので、これを慮って送られたものであろう。
大意は『止観』の内の四種三昧の中、弥陀の名号を心念に口唱する、第二の常行三昧についての、当時の叡山の学風に反論したものとされる。
本鈔は大体二段に分れ、第一段は『摩訶止観』の正意とは一体どういうことか、ということを示したもので、本鈔の大部分を占める。
第二段は鎌倉における問註の経緯と現況を示したものである。
まず第一段は、円体無殊に対する天台学の誤解を正し、次に四種三昧の並修について『摩訶止観』には諸経を引いて四種三昧の観法を立てるが、その真意は法華経にあることを示している。
続いて『摩訶止観』十章について、前の六章は迹門の心を述べたものてあり、第七正修止観章に至ってこそ、本門の心を述べたものである。
そして一念三千の法門はこの章より始まるとする。
またこの一念三千の依処は本門に限り、法華の正行は止観と唱題であり、諸仏の修行もそうであった。
が、今の日本国の在家の信者は専ら唱題せよとし、このことを知らないために叡山の学僧達は念仏を口にしているのだとしている。
そして仏が外道と二乗を破した例、日本が法華経の弘まるべき国であること、教の権実をあげて念仏を破している。
更にこの書簡を『摩訶止観』の学習が終了した後、同学の人々に読み上げるよう指示し、学習終了後は直ちに帰るようにとも付言し、第二段最後に訴訟について記している。
《『遺文辞典』歴史篇「十章鈔」の項、『日蓮辞典』「十章抄」の項》