触頭
触頭
ふれがしら
江戸時代の寺院制度において、本寺の末寺支配を本寺に代って実際的な行政権を一手に把握し実施する寺院である。
従って江戸幕府の公権力の命令を教団に伝えたり、教団の要事を伝える役割をもつことから江戸府内に置かれている。
これを江戸の役寺、江戸の触頭と呼称している。
これに対して地方にもブロック単位にした地方の触頭が置かれており、これは地域名をとり河西の触頭、役寺、駿府の役寺、更に会頭などとも呼称される。
この場合、戦国時代における大名の領国支配が成立する過程で、有力寺院として地方教団の監督権を認められたものが、江戸時代に踏襲される場合が多かった。
江戸に置かれた日蓮宗の触頭は次に示すようである。
●身延派触頭=谷中・瑞輪寺、下谷・善立寺、下谷・宗延寺
●本圀寺触頭=本所・法恩寺、浅草・幸龍寺、谷中・宗林寺
●池上本門寺触頭=二本榎・承教寺、同・朗惺寺
●中山法華経寺触頭=谷中・妙法寺
●水戸久昌寺触頭=駒込・大乗寺
●勝劣派触頭=本郷・本妙寺、伊皿子・長應寺
●什門派触頭=品川・妙国寺、同・本光寺、浅草・慶印寺
この外に江戸には次に示すように身延派に属するが半ば独自の本末統制を維持する本寺が、小触頭を置いており、身延触頭の指導のもとに、幕府と本寺との取次ぎ機能し、ある程度の自門末寺の監督機能を果している。
名称は触頭に対して末頭、役寺、小触頭などと呼称されている。
●〈本寺名〉 〈末頭、小触頭〉
玉沢妙法華寺 大雄寺、恵光寺
小湊誕生寺 幸国寺
村田妙法寺 大長寺
京 妙満寺 正法寺
大野本遠寺 興善寺
京 立本寺 妙情寺
京 妙覚寺 大正寺
能登妙成寺 妙行寺
岩本実相寺 信行寺
藻原藻源寺 一乗寺
新曽妙顕寺 正運寺
芸州国前寺 法雲寺
《辻善之助『日本宗教史』近世篇、家永三郎『日本宗教史』Ⅲ、『身延山史』、豊田武『日本宗教制度史研究』、德永前啓稿「江戸時代における教団統制の一考察―触頭制度を中心として―」『日蓮教学研究所紀要』第39号》