妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

浪曲

ろうきょく #3968

浪曲

ろうきょく

日蓮聖人の一代記をかたった浪曲のこと。
昭和一〇年(一九三五)一二月に刊行された元代議士・植竹龍山の『聖教浪曲日蓮大聖人』は、「本化上行の御出現、大国聖日蓮聖人御一代の御物語り」を綴った浪曲台本として知られる。
「見奉れば馬上の聖人 法衣(ころも)の袖は 裂け千切れ少輔坊に打たれたる 御額(おぐし)はすっかり腫れ上り法衣の上より ぐるぐる巻き 荒龝以て きつい縛(いましめ) 強盗謀叛の罪人よりも物々し」(国諌第二下「竜のロ」)と迫害の有様を語り、「たとへ日本国譲らう仰せあるとも、日蓮所信は曲げ申さぬ。たとへ父母の頭にかかろうとも、一大事の法門はすて申さぬ(国諌第三)」などの法華経の行者日蓮聖人の不動の「霊格」をさし示している。
昭和四九年八月二〇日刊行宗教レコード「大都」の『日蓮大聖人浪曲御伝記』は木村学司の作った浪曲台本に基づき浪曲家のロ演した名作浪曲カセット集として収録されたもので、全六巻・一二話(所要間六)からなっている。
収められている浪曲は、「清澄山の黎明」(東家浦太郎)、「松葉谷の草庵」(木村若衛)、「立正安国論」(天中軒雲月)、「由比ケ浜の別離」(春日井梅鶯)「伊豆の潮路」(相模太郎)、「秋風小松原」(松平国十郎)、「竜口法難」(浪花家辰造)、「佐渡の風雪」(鹿島秀月)、「越後の雁」(三代目・広沢虎造)、「身延桜」(酒井雲)、「七面天女」(友忠)、「月の池上」(五月一朗)となっている。
「〽 げに法華経は釈尊の 真心なるぞ諸仏の眼目 これよりほかに仏教なし 雄弁溜々その声は 旭の森にこだまして やがて巷に流れゆく 津々浦々に流れゆく」(清澄山の黎明)、
「〽 かく申す、われ法華経の行者なり 来たりてきけや我が説法 唱える七字の題目は 末代悪世の凡夫をば済度するべき唯一無二 訓(おし)えなるぞと日蓮が 眼中人なく大獅子吼」(松葉谷の草庵)、
「〽 貞応元年如月の 蓮華に生れ桜に終る 花に埋れた御生涯 そのお姿は絵にも似て尊くけだかき御一生。〽 春風秋雨幾星霜 年はかわれど聖人の 残せし偉業さんぜんと光明とわに輝かん月の池上お会式に 集う信徒のお会式桜 御代万才の花吹雪 御代万才の花吹雪」(月の池上)。
日蓮聖人の業蹟を聞く者にうったえかけ鑽仰の気持をわき起させる浪曲日演集、日蓮聖人の浪曲伝記としてまとめられている。
《『日蓮大聖人浪曲伝記』》 なお、明治から大正期に元文学者の瀬野朔が「近時、人心の堕落せんこと著し」として名を宇都宮主計之助と名乗り日蓮聖人績を語る「統一節」を日本独自の旋律と琵琶の音色で演じ、多くの聴衆をあつめた。
それは当浪曲の浪聖とまでいわれた桃中軒雲衛門が晩年その語りを上品にと苦心した旋律に自ずと似ていたという。
宇都宮主計之助の弟子の一人・宇都宮太郎は法華倶楽部の創設者・小島愛之助であり、宇都宮太郎は全を興行し人気を博した。
宇都宮主計之助の「統一節」の台本に『日蓮宗御伝』(大正五年・平楽寺書店)がある。
なお、雲衛門も日蓮記を演じ、好評を博し、所は品川の顕本法華宗別格本山・天妙国寺にある。(『俺の喉はひと声千両』平成26年・新潮社の著者・岡元和明氏は雲衛門のひ孫にあたる)明治・大正期のこうした大衆演劇の中にある日蓮伝についてはまだ研究が及んでいないのが残念である。

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