妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

松葉谷

まつばがやつ #3568

松葉谷

まつばがやつ

日蓮聖人鎌倉に弘通されている、草庵を結んだところ。
現在の鎌倉市大町。
鎌倉七切通し」の東南口、三浦街道に通ずる「名越切通し」に近い一帯を「名越の松葉谷」という。
建長五年(一二五三)末の頃、清澄の開宗後、政治・文化の中心、鎌倉に移り庵室を松葉谷に構えた。
文永一一年(一二七四)聖人が身延に入られるまで二〇余年間、聖人の弘通化の拠点となっていた。
その聖人は草庵を襲われる二の法難を蒙っている。
文応元年(一二六〇)八月二七日、幕府に『立正安国論』を提出した後、念仏者らによる夜襲焼打ち(松葉谷法難)と、文永八年九月一二日、二度目の国諫に対して、平頼綱の引きつれた数百の兵は聖人を捕え住庵が破却(竜口法難)されたことである。
京都の大本山本圀寺は、かつて松葉谷草庵跡に建立したものが移ったといわれ、現在は妙法寺・安国論寺・長勝寺の三ヵ寺が草庵跡の由緒を伝えるが、いずれとも断定し難い。
草庵の焼失と破却、聖人の再の配流と避難などを考慮すると必ずしも一定した場所ではなかったという推察も可能である。
なお、聖人鎌倉入りの期については明証なく、諸説があるが、建長八年八月以前のことである。

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