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授決集

じゅけつしゅう #2278

授決集

じゅけつしゅう

知証大師円珍(八一四-八九一)撰、二巻。
叙によると弟子良勇の永年の随身の功に報いるため、中天台宗九世の良諝からの所伝及び年来の覚書の中から抽出して五四件(番外三件、計五七件)にまとめ、『授決集』と題して元慶八年(八八四)二月二三日授けたという。 円珍七一歳(『正蔵』七四巻、『仏全』智証大師全集二巻、『一』諸宗部一六巻所収)。
しかし第二八決の挿注には「寛平元年(八八九)五月一三日」とあり、また第五一決の裏書には「長元六年(一〇三三)九月日、要なるに依て又之を記す」とあって、挿注や裏書は良勇へ授決以後、円珍円珍滅後の他師によって加筆されており、従って偽撰説を称えた人もある。 例えば光謙『大決疑弾妄録』など。
内容は僅少の例外を除いては全く密教色なく、純台学上の著述である。
しかし従来の台学とは違った異色の学も少なくはない。 台大綱決一などはその代表的な例で、化法四教は網目、頓漸円の三経は大綱であるとして、そこから超八醍醐論を導出している。 また『全』所収の「智証大師全集」の巻尾の校訂者識語によると「右授決集は三井門流に於ける天台法華宗伝法の印信として授くる所の秘訣にして、古来論場に於ても只に秘巻と称して直に授決集と呼ぶを憚りなり」と。 巻末付録の『請伝授授決集状』『授決集許可状』等の存在はこのことを裏付けている。
日蓮聖人が遺文中に引用した本書の文は「天台大網決一」「五味決三」「円人断惑不断決六」「六七八九識決九」「便示次品父少子老決一七」「論未者不也決三八」「三身仏決四九」「徴他学決五二」「方等已前般若決(番外)」の九件からの部分的引用に過ぎないが、『註法華経』には「五味決三」「法華経不摂八強中円教決四」「却後三月決二一」「論未者不也決三八」「徴他学決五二」「教誡中観唯識学及諸興論者決五三」「六即位決五四」の全文が筆写され、短文の記入例は枚挙に暇がない。 また『註法華経』に記入された本書は『国訳一切経』和漢撰述部所収の対校本四本中では一二二五年兵部郷阿闍梨写の金沢文庫本(下巻欠)に相当する古型を伝え、訳本の各件末に一段下げて付加された文は殆どなく、件の番付も他と違って金沢文庫本と等しい。
本書は遺文中に種々の理由から引用されるが、その中心は「徴他学決」の「真言禅門華厳三論唯識律業成倶二論等の能所の教理、爭でか此の(蔵通別円の)四に過ぎん。 若し過ぐと言わば豈に外邪に非ずや(略)謬って真言を誦すとも三観一心の妙趣を会せずんば、恐らくは別人に同じて妙を証せじ(略)若し法華華厳涅槃等経に望むれば是れ接引門にして権りに機に対して設けたり」の文と『大日経指帰』の密勝顕劣の文との矛盾を指摘して、円珍の自語相違の失を挙げ、もって円珍が邪師であるゆえんとするところにある。
《『仏書解説大辞典』、『国一』和漢撰述部「諸宗部」一六巻解題、浅井円道『上古日本天台本門思想史』、『遺文辞典』歴史篇「授決集抄」の項、『岩波仏教辞典』「授決集」の項

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