大菩薩峠
大菩薩峠
だいぼさつとうげ
中里介山の書いた長篇小説。
人間界の業相を描き尽くして菩薩の遊戯三昧を見ることにより、個々を大円内に統一する「まんだら」を理想とした小説。
作者自身「日蓮の口吻を借りて云えば日本第一の長篇であり、人間第一の大作」と評した。
また、大菩薩峠の存在について「日蓮の墓を立てんと云った身延山の存する甲斐の国にあって、日蓮遊跡と称せらるる処から、或は名の起りも其の辺から出たのでは無かろうか」(「清澄に帰れる日蓮」序)と記し、「大菩薩峠」甲源一刀流の巻(角川文庫版第一巻)にも「中世に日蓮上人の遊跡があり」と書いている。
この小説には「安房の国の巻」(角川文庫版第七巻)と「他生の巻」(同第一一巻)に日蓮聖人に関してふれた箇所がある。日蓮聖人を主題としたものではないが、心打たれる宗教的影像として日蓮聖人について語り鑽仰の念を披歴している。
これは作者の「東国的・野性的・独往的」な日蓮聖人観を吐露したものである。
「安房の国の巻」では、安房の地理と歴史を紹介する中で日蓮聖人にふれ「諸君のために嬉し泣に泣いて起つべきほどのことは、日蓮聖人がやはり諸君の三十五方里の中から涌いて出でたことであります」と記している。
そして、「日蓮は日本国東夷東条安房の国海辺の旃陀羅が子なり」という『佐渡御勘気鈔』の一節をひき、日蓮聖人が小湊の浜辺に旃陀羅の子として生れ、一二歳の時に清澄山へ登り衆生救済のために涌現していった事実をとらえ、「日蓮自ら刻みつけた銘の光は、朝な朝な東海の上にのぼる日輪の光と同じやうに、永遠にかがやくものでありませう」と述べている。
これは、東国の庶民として誕生し救世愛人の人間相を刻みつけた日蓮聖人に対する共感から語られた一節である。この点は「他生の巻」にも綴られており「そこへ行くと日蓮は巨人です。日蓮にもつたいらしい系図書をくっつけたのは、皆後人の仕事で、日蓮自身の遺文はどこを読んでも、おれの先祖は誰々だと誇張したところは一ケ所もないのです」と記されている。
作中人物は、浜辺に遊ぶ漁師の子供を見るたびに「聖日蓮ここにあり」と感激の涙をこぼし、万代不朽の精神界の仕事をする人にとっては、徹底的な卑賤の出身がどの位幸福であるかしれないことを特に日蓮において衷心に刻まれた、と述べる。
荒海の漁師の子であった日蓮は本当に素裸で、卑賤の出身に何のかげりもなく、てらいもなく徹底的に人間そのままを堂々と示し、地位ではなく法華経によってのみ自らを飾り精神界の聖者として人間を教育した、とも語る。
この「巨人日蓮」は小人雑輩の悪まれ者となったが、それは薄っぺらの、多年糊で固めておいた自分たちの立場に固執する小人に向って、日本の柱とならんとの決意をかかげて法華経の真実を真実とし、小人たちの虚偽を虚偽として教示したためである、という。
更に「他生の巻」では、人々を救う「日蓮の涙」を描写し、日蓮聖人のしるした「鳥と虫とは鳴けども涙落ちず、日蓮は泣かねども涙ひまなし」という『諸法実相抄』の一節を作中人物が暗誦し、そこに「無韻の詩」があることを示している。
更に日蓮聖人とその教えが波の音と共に永遠に生き続けている様子を描く。
巨人の心胸はさながら波濤そのものといい、日蓮聖人が海辺の怒濤の響きの中から涌き出た存在であることを示す。
威嚇でなく荘観を、また執念を残さぬ戦闘に献身した「巨人日蓮」は、南無妙法蓮連華経と獅子吼し、その法華経の題目が日蓮聖人を生み、日蓮聖人もまた法華経の題目と一体になって生きている永続性を指摘し「今も波の音が南無妙法蓮華経と響いて聞えるのが不思議でございます。
それは日蓮様がお生れになる以前から、やはり南無妙法蓮華経と響いたのでございます」と述べている。
これらは「聖日蓮」の庶民性と「巨人日蓮」の教えにおける永遠性および救世愛国の志を明らかにするものであり、小説の素材として取上げたものではあるが、日蓮聖人の宗教的影像を刻みつけ、上求菩提・下化衆生の永遠なる足跡をふみ分けた先駆者としての日蓮聖人を描いたものということができる。
《『国史大辞典』一一巻「中里介山」の項》