難行・易行
難行・易行
なんぎょう・いぎょう
浄土宗の教判の一。
龍樹の『十住毘婆沙論』巻五の易行品第九に「仏法に無量の門あり。
世間の道に難あり易あり、陸道の歩行は則ち苦しく、水道の乗船は則ち楽しきが如し。
菩薩の道も亦是の如し。
或は勤行精進するあり、或は信の方便を以て易行にして疾く阿惟越致に至る者あり」とあり、中国の曇鸞は『往生論註』にこれを解して、五濁の世、無仏の時に不退を求めるを難行道とし、弥陀の願力に乗じて浄土に生じ、速やかに正定聚の数に入るを易行道とした。
日本の法然はこの意をうけて『選択集』に「難行道とは即ち是れ聖道門なり、易行道とは即ち是れ浄土門なり」とて、一切の旧来の仏教を聖道門として捨て、易行の念仏を末代相応の行として勧めた。
日蓮聖人はこの教判を『守護国家論』にて正しく破した。
即ち龍樹の難易二道は法華已前の四十余年の経々に関する分別で、法華を含まず、また「四威儀に行じ易きが故に念仏を以て易行と言」うなら、法華経の随喜功徳品の五十展転の行は称名念仏より行じ易し、何より末代の常没の衆生には易行が相応するという教判は、経の権実浅深の判断を無視する故、薬の良否の判断を忘れたのと同様、末代の重病人を救う良薬ではないと。
かくて聖人の宗教は三業受持であり、法華経の行者でなければならぬ点を勘考すると、易行ではなく、聖人も亦唱題を易行とは概していわれなかった。
《『遺文辞典』教学篇「易行」「難行」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「易行」「難行」の項》