鈴木一成
鈴木一成
すずきいちじょう
(一八八九-一九六三)
明治二三年二月、東京日本橋に生る。
幼名憲太郎。
一五歳で出家し荏原弁寿の徒弟となり弁雅と改名。
一九歳の時、柴田一能の弟子となり一成と改名す。
大正五年(一九一六)日蓮宗大学を卒業し、同七年宗費生として研究院に入学し一〇年卒業。
同一二年日蓮宗大学中等科教授に就任し、昭和二年(一九二七)専門部講師となる。
昭和一八年立正大学文学部講師、同二〇年助教授、同二三年教授に昇任。
翌二四年仏教学部の開設と同時に仏教学部教授に就任し、併せて宗学科主任教授を兼ねる。
同三七年には立正大学図書館長に就任。
宗門的には大正一一年千葉県臼井町妙伝寺住職、同一二年東京都江戸川区妙泉寺住職となる。
昭和七年には日蓮宗史料編纂委員に任ぜられ『日蓮宗年表』編集に参加、昭和二九年以来日蓮宗教学審議会委員を務める。
また日蓮宗大学卒業後、昭和七年『新修略註日蓮聖人遺文集』(久遠閣版)編纂の業に参加して以来、祖書研究の功を重ね、遺文の文献学的研究に独自の体系を樹立した。
昭和二五年、立教開宗七〇〇年記念慶讃事業の一つとして日蓮聖人遺文編纂の議が起り、選ばれて編纂主任となり、鋭意その業を進め、昭和三四年『昭和定本日蓮聖人遺文』(全四巻)の完成を見るに至る。
以後も遺文の真蹟研究に没頭し、遺文著作年代決定の根拠を明らかにすべく執筆に専念した。
遺稿として出版された『日蓮聖人遺文の文献学的研究』が即ちそれである。
本書に鈴木祖書学の本領が発揮されている。
その他代表的著述に『日蓮聖人正伝』があり、昭和七年に刊行開始した『日蓮聖人御遺文講義』(全一八巻)の第一・七・一一・一二巻の注解講義を担当し、祖意の顕揚に努めた。
更に『行学綱要』、『日蓮宗読本』の編集に参加し、宗義の現代的理解を計った。
昭和三八年七月一日遷化、七四歳。
寂泉院日意と号す。