日蓮宗布教研修所
日蓮宗布教研修所
にちれんしゅうふきょうけんしゅうじょ
青年を対象とし、本宗の布教師として時代に即応する布教を行うために必要な理論の研究と技術指導を行う布教師養成機関。
研修期間が初めは一年間だったが、途中で六ヵ月に短縮。
研修所では(一)信行の練磨、(二)日蓮教学の学習、(三)現代的布教技術の学習、(四)組織論及び組織化技術の学習、(五)社会活動及び社会教化事業の学習、(六)社会思想の学習、(七)社会問題の学習などを研修科目とする。
運営は七人の運営委員で構成される運営委員会で検討され、期間中は研修所長、副所長、研修主任、書記、常任講師、講師の教職員が指導にあたる。
入所資格は年齢三〇歳未満の本宗教師で、立正大学卒業者及び身延山短期大学卒業者またはこれと同等以上の学力を有し、将来布教に専念する者に限られる。
入所しようとする者は入所願いに、(1)戸籍抄本、(2)履歴書、(3)本人の学力を証する書類、(4)健康診断書を添え、宗務所長の推薦によって宗務総長へ願い出て、七人で組織される選考委員会の選考を経て、宗務総長が許可する。
昭和三二年(一九五七)頃から、急変する現代世相に対処する必要性と、僧風教育の重要性がさけばれ、これに応えて立正大学の坂本幸男仏教学部長や菅谷正貫教授、茂田井教亨教授ら日蓮教学研究所を中心に構想がねられ、時の望月桓匡(日滋)宗務総長に進言して、昭和三五年七月一日から、千葉県清澄寺に第一回が開設された。
途中で千葉県本土寺に移されたが、第三回までは茂田井教亨が主任となり、起居を共にして、ご遺文拝読と法華経講義を中心に一年間ずつの研修が行われた。
第四回・昭和三八年からは身延山に移り、室住一妙が研修主任となり、ご遺文拝読と法華経講義を中心にして、行学二道の修行に精進した。
第七回の昭和四一年からは、片山日幹宗務総長が提唱した護法運動を推進するための護法運動組織推進員の養成機関となり、期限も六ヵ月に短縮した。
鎌倉で二回開かれたあと(妙法寺、妙本寺)、第九回から千葉県弘法寺に移り、第二二回からは、修了生が護法運動組織推進員になる義務はなくなり、再び布教的養成の機関にもどった。
【補記】
昭和五六年の内容。第三七回から開設地を身延山内・清兮寺に移し、その後、第五二回より千葉県・平賀本土寺内の実相閣で開設され、現在に至っている。
《日蓮宗布教専修師会『開設五五周年記念誌 日蓮宗布教研修所のあゆみ 五十展転』》