妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

妙本

みょうほん #1529

妙本

みょうほん

(生没年未詳) 比企大学三郎能本(-一二八六)の母。
比企能員(-一二〇三)の妻。
源頼の乳母。
妙本の息女若狭局(後の讃岐局)は頼の側室となり、一を生んだが、この一を巡って後に将軍職の継承問題が起り、比企氏と北条氏との権力政争となる。
その結果、建仁三年(一二〇三)九月二日、能員は北条政に謀殺され、その一門も北条勢によって一と共に滅ぼされた。
若狭局も一の後を追って自殺したという。
能員の遺子能本は、日蓮聖人鎌倉弘通の時帰依し、父母の追善のため文応元年(一二六〇)に法華堂を建てた。
これがのちの妙本寺となる。
その聖人より父には長興、母には妙本の法号を賜わる。
長興山妙本寺(神奈川県鎌倉市)には、能員、妙本と能本夫妻の比企家のがある。

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