妙本
妙本
みょうほん
(生没年未詳) 比企大学三郎能本(-一二八六)の母。
比企能員(-一二〇三)の妻。
源頼家の乳母。
妙本の息女若狭局(後の讃岐局)は頼家の側室となり、一幡を生んだが、この一幡を巡って後に将軍職の継承問題が起り、比企氏と北条氏との権力政争となる。
その結果、建仁三年(一二〇三)九月二日、能員は北条時政に謀殺され、その一門も北条勢によって一幡と共に滅ぼされた。
若狭局も一幡の後を追って自殺したという。
能員の遺子能本は、日蓮聖人鎌倉弘通の時帰依し、父母の追善のため文応元年(一二六〇)に法華堂を建てた。
これがのちの妙本寺となる。
その時聖人より父には長興、母には妙本の法号を賜わる。
長興山妙本寺(神奈川県鎌倉市)には、能員、妙本の墓と能本夫妻の比企家の墓がある。