法華堂
法華堂
ほっけどう
法華三昧を修する堂。
また皇家、貴族等の納骨堂をいう。
遺文には「一閻浮提第一の法華堂造りたり」(定一八八八頁)とある。
これは身延の草庵を指したものである。
その機能としては「十二時の法華経をよましめ談義して候ぞ」(定一六六四頁)、「人はなき時は四十人、ある時は六十人」(定一六〇六頁)等とされているから、法華経の読誦、弟子への講義というものであったと考えられる。
この他には、富木常忍の持仏堂としての若宮法華堂、比企能本の比企谷法華堂、斎藤兼綱の茂原法華堂、曽谷教信の平賀法華堂、日像の京都綾小路法華堂が伝えられる。
これらの法華堂は寺院に発展し、法華経の読誦、講義という機能と合せて、その地における教線拡張の拠点ともなった。
《『遺文辞典』歴史篇「法華堂」の項、『日蓮辞典』「法華堂」の項、渡辺宝陽「大曼荼羅と法華堂」『研究年報・日蓮とその教団』一》