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施・開・廃

せ・かい・はい #2394

施・開・廃

せ・かい・はい

天台大師智顗は『法華玄義』において、釈尊の一代仏教を統合して三乗の方便教が即ち法華一乗の真実教であるという、いわゆる法華の開顕を説いているが、その開顕を「妙法蓮華経」の「蓮華」に喩えて説いた「為実施権」「開権顕実」「廃権立実」の三義の略称を施・開・廃という。
これらは本迹二門にわたる「蓮華」の三喩のうち、迹門の三喩にあたる。
ち為蓮故華を為実施権に喩え、華開蓮現を開権顕実に、華落蓮成を廃権立実にそれぞれ喩えたものである。
施とは実のために権を施すことの意で、未熟の衆生に対し、まず四十余年にわたって方便権教を施設することは、真実教に誘引するためである。これは開会のための準備段階にあたる。それは蓮華の花が蓮の実を養成するためにあるようなものである。
開とは誘引調熟した衆生に対して、権教を開いて真実教を顕すことで、開会の正説である。それは蓮華の花が開いて蓮の実が顕れるようなものである。
次に廃とは機根の調熟した衆生に、権教を廃して真実教を立てることで、開会の帰着にあたる。あたかも蓮華の花が落ちて蓮の実が成熟したようなものである。
この施開廃の三義を依拠とされた日蓮聖人は、釈尊の本懐は法華経にあることを明確化され、『如説修行鈔』には、末法における救済の大法は法華経であって、諸経は一分の得益もないことを強調された。
なお「蓮華」の本門の三喩は為蓮故華を従本垂迹(施)、華開蓮現を開迹顕本(開)、華落蓮成を廃迹立本(廃)とそれぞれに配釈があり、本門の根本となる久遠本仏が開顕されているのである。
《『遺文辞典』教学篇「開会(かいえ)」の項(6)、『日蓮辞典』「施開廃」の項、『天台学辞典』「本迹の六譬」「為実施権」「廃権立実」「廃迹立本」「施開廃の次第」「垂開廃の次第」「従本垂迹」の項》

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