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譬喩蓮華

ひゆれんげ #4832

譬喩蓮華

ひゆれんげ

「譬諭蓮華」とも書く。
法華経の題名の中の蓮華とは妙法の喩え(譬喩蓮華)なのか否(当体蓮華)かの説明において、天台大師は『法華玄義』七下(釈名段の蓮華釈)で「上根に約すれば是れ法の名(当体)なり。中・下に約すれば是れ譬の名(譬喩)なり」とて、譬喩蓮華とは鈍根に対しての解釈であるとする。
ち妙法は解し難い深遠な法であるから、蓮華という草の名を借りて解を助けるというもの。
何故に蓮華でなければ妙法の譬えたり得ないかの由については『玄義』一上の標章に以下のようにのべられる。すなわち、狂華無菓は外道の空しく梵行を修して得る所なきに喩え、一華多菓は凡夫が父母を供養して梵天に生るるに喩え、多華一菓は声聞が種々に苦行して自分一人の灰身滅智を得るに喩え、一華一菓は縁覚が独楽善寂の遠離行を修して自利を得るに喩え、前菓後華は須陀洹を得て後ちにもまだ修すべき道があるに喩え、前華後菓は別教菩薩が先きに縁修し、のちに真修を生ずるに喩う。
蓮華は然らず。
『玄義』七下に蓮華の六譬を説いて、為蓮故華は為実施権に、華開蓮現は開権顕実に、華落蓮成は廃権立実に喩う。(『正蔵』三三巻六八二頁中)
また華必有蓮は迹含於本に、華開蓮現は開迹顕本に、華落蓮成は廃迹立本に譬うとす。(『正蔵』三三巻七七三頁上)
前三譬は迹門の施開廃、後三譬は本門の施開廃に当る。
《『法華玄義』序王・一上・七下、『遺文辞典』教学篇「譬諭蓮華」の項、『日蓮辞典』「施開廃」の項、『天台学辞典』「本迹の六譬」「為実施権」「廃権立実」「廃迹立本」「施開廃の次第」「垂開廃の次第」「従本垂迹」の項

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