五番善神
五番善神
ごばんぜんじん
法華経陀羅尼品に説かれた法華経守護の善神で、二聖・二天・鬼子母神十羅刹女をいう。
『日女御前御返事』に「陀羅尼品と申すは、二聖・二天・十羅刹女の法華経の行者を守護すべき様を説きけり。
二聖と申すは薬王と勇施となり。
二天と申すは毘沙門と持国天となり。
十羅刹女と申すは十人の大鬼神女、四天下の一切の鬼神の母なり。
又十羅刹女の母あり、鬼子母神是也」(定一五一〇頁)と示されている。
『下山御消息』には「法華経守護の釈迦・多宝・十方分身の諸仏・地涌千界・迹化他方・二聖・二天・十羅刹女・鬼子母神」(定一三四二頁)と数多の仏天と並べておられるが、年代や対告衆に従って守護の力用を様々に表現なされている。
例えば
(一)「法華経の行者を諸の菩薩・人天・八部等、二聖・二天・十羅刹等、千に一も来りてまほり給はぬ事侍らば」(『祈祷鈔』定六七九頁)―仏前誓願の力用、
(二)「いかなる事ありとも、日蓮が二聖二天十羅刹釈迦多宝に申して」(『兄弟抄』定九三三頁)―行者の守護要請、
(三)「十羅刹心み給はんがために父母の身に入らせ給ひてせめ給ふこともやあるらん」(『兄弟鈔』定九二五頁)―行者を試練、
(四)「御志定めて法華経十羅刹も知食し候覧」 (『松野殿御返事』定一四四一頁)―強信嘉賞、
(五)「大進房には十羅刹のつかせ給ひて引かへしせさせ給ふとをぼへ候ぞ」(『富木入道殿御返事』定一五九一頁)―入身擁護、
(六)「彼等は法華経の十羅刹のせめをかほりてはやく失ぬ」(『報恩抄』定一二四〇頁)―謗者必罰、
(七)「若此事妄言ならば日蓮が持つ所の法華経守護の十羅刹の治罰之を蒙らん」(『安国論御勘由来』定四二四頁)―妄信治罰、
(八)「此の十羅刹女は上品の鬼神として精気を食す(略)梵王・帝釈・日月・四天の許されありて法華経の怨を食す」(『日女御前御返事』定一五一〇頁)―怨敵摧滅
―等と示されている如きである。
このように聖人は「法華経陀羅尼品』の五番善神の守護に絶体の信を持たれ、弟子檀越にも鼓吹されたので、滅後の教団でもこれが重視され、五番神咒の転読量読により衆怨退散の修法が発展し、宗門修法道の重要な位置を占めるに至るのである。
《『日蓮辞典』「五番神咒」の項》