永観
永観
ようかん
(一〇三三-一一一一) 「えいかん」とも読む。
律師。
平安中期三輪宗浄土教家。
京都の人。
文章博士源国経の子。
十一歳禅林寺深観に従って剃髪、密教を学ぶ。
東大寺で具足戒を受け、有慶から三論を修め、法相・華厳の学も究めた。
三〇歳東大寺別所光明山に止住して念仏行を修すること一〇年、のち強く請われて禅林寺に住した。
応徳二年(一〇八五)朝廷より維摩会の講師に召請され、康和二年(一一〇〇)東大寺別当職に補せられたが二年で禅林寺に帰る。
天永二年十一月往生講式を修する内に示寂。
七九歳。
永観は尊勝陀羅尼も誦したが、その修行は称名念仏を専らにし、毎日一万遍、六万遍ついには百万遍に達し、晩年には喉枯れて観相を事としたという。
日蓮聖人によれば、源信に次ぐ、日本を念仏化させた念仏浄土教の先駆者である(『撰時抄』定一〇四七頁)。
『往生拾因』『往生講式』を著して称名念仏に往生すべき一〇の因由のあることを説き、念仏礼頌の講式を定めて口称念仏往生を強調した。
《『遺文辞典』歴史篇「永観」の項、『国史大辞典』一四巻「永観」の項》