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日潮(六牙院)

にっちょう #2805

日潮(六牙院)

にっちょう

(一六七四-一七四八)
字は海音、六牙院と号す。
仙台勝寺二三世飯高檀林化主、身延久遠寺三六世。
京都に生れ、八歳の、草山の慧明院日燈について出家
のち智寂院日省に師した。
京都松ケ崎檀林に学び、一九歳の時、飯高檀林に入学。
宝永五年(一七〇八)三五歳で上座に昇る。
翌年、松ケ崎檀林に帰って『法華文句』を講じ、三七歳で仙台勝寺に晋山した。
享保五年(一七二〇)飯高檀林化主として学徒を教育し、元文元年(一八三六)六三歳の時、身延山三六世として晋山。
在山九ヵ年にして延享元年(一七四四)退山し、寛延元年九月二〇日、病のため七五歳で遷化。
日潮の門弟は非常に多く、直弟(日宗・日信・日正・日仁・日玄・日耕・日漿・日真・日徳・日広)一〇人、門下一〇〇人といわれる。
これらの門弟によって、日潮を祖とする一大学系である潮師法類が、飯高檀林三谷の一つである松和田谷に形成された。
日潮の著書『本化別頭仏祖統紀』三八巻は、日蓮聖人の四五〇遠忌を期して、享保一六年(一七三一)に脱稿したもの。
聖人六老僧、諸山の先師を列伝体の形式で述べたもので、多くの門弟の助力により膨大な史料を蒐集し、体系化した内容は日蓮団史上、最初の宗門史書として大きな位置を占める。
他に『本化宗牒感得記』一巻、『蒙古対治旗曼荼羅記』一巻、『身延図経』一巻等の著述がある。
また日潮は草山元政の学を継承するといわれるが、それを体系化した義書はない。
《『日本仏人名辞典』「日潮」の項》

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