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一経三段

いっきょうさんだん #63

一経三段

いっきょうさんだん

法華経解釈のための科文(科段)の一つ。
三段とは経論の分科に用いられる序分正宗分流通分をいい、法華一経にこの三段を分つのである。 しかし一経三段の分科について、天台大師智顗と日蓮聖人とに異なりがある。
智顗は『法華文句』巻一において、法華一経を序・正・流通に三分する一経三段を説いている。 序品序分とし、開三顕一開近顕遠を説き明かす方便品より分別品十九行の偈に至る一五品半を正宗分とし、分別品後半より勧発品に至る一一品半を流通分とするのである。
これに対し日蓮聖人が『観心本尊抄』に開示れさた四種三段における一経三段の分科は、智顗のそれとは異なる。 聖人のそれは十巻三段ともいわれるように、開経たる無量義経と本典たる妙法蓮華経と結経たる観普賢経の、法華三部一〇巻を一経と見て、三段を分つのである。 無量義経と法華経序品を序分とし、方便品より分別品十九行偈に至る一五品半は、二乗作仏久遠実成二箇の大事を開顕しているから正宗分とし、分別品の現在の四信から勧発品に至る一一品半と観普賢経とを流通分とするのである。
一経三段の分科は、法華経と諸経と相対して、法華経の一代超勝を判ずる権実相対に属する。
智顗と聖人の相異は、智顗が法華経一部八巻二八品において分科を立て、法華開顕の教相を明すことを主とするのに対し、聖人は法華三部一〇巻において分科を立て、仏意の開顕を目的とし、釈尊一代の教法の中心を論じて、末法救済の要法が妙法五字にあることを判ずる教判である、の異なりがある。
《『遺文辞典』学篇「(きょう)」の項(4)》

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