業障
業障
ごうしょう
「ごっしょう」とも。
三障・四障(魔)の一つで悪業の障り、また悪業をつくって正道を障げることをいう。
業障はもと無明より生ずるものである。
衆生が仏道に中々入ることができないのは、業障があるためである。
即ち過去現在に造るところの罪業が深重であるために、貧窮下賤の身を受け、仏道に入る縁があっても種々の留難があって得度・成仏することができないのである。
『滅罪安心集第三』に「然らは衆生種々の鬼災等に逢ふて安穏の時少き事は五障の中何れの障に依り候やと尋ねしに(略)業障に依り候と答へしは天晴なりし(略)」として、魅疾は業障の重きに由ることを顕している。
この業障を解脱する道は、無明を断ち本源に還って生滅の法に達し、実相を観ずるにある。
即ち業障によって鬼畜野干卑賤醜陋の身を受け、三毒つねに盛んにして永く三悪を離れることができず、たまたま少分の業通を感じて僅かに一分の自在を得ても、正念に住することができないため仏道を障ぎって罪根愈々重く、善心を碍たげては輪廻増々多い。
魔界の眷属たらんとしても永く通力を恃(たの)むことができないのである。
真浄の法味をなめて、己の威光勢力を増し、護法善神の一分となすべきである。
《『遺文辞典』教学篇「業障」の項》