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時宗と日蓮

ときむねとにちれん #3240

時宗と日蓮

ときむねとにちれん

伝記物語。
昭和六年(一九三一)に書かれ翌年二月に地踏社より刊行。
作者の沢田謙(一八九四-一九六九)は、鳥取生れの児童文学者、伝記作者。
戦前『少年倶楽部』等に偉人の伝記を連載、『伊藤博文』『リンカーン』『明治大正昭和名婦伝』等五〇余にのぼる著作がある。
記録と史実に基づく写実的な作風を本領としたが、フィクションをまじえた物語として書き著した作品も多い。
本書は蒙古襲来という大国難に直面した時代における二人の英雄として北条時宗と日蓮聖人をあげ、日蓮聖人の伝記物語を基輔としながら「日蓮も時宗も、ただ蒙古襲来という一大のために生れてきたような人」であることを明らかにしたもの。
満州変の戦雲が急をつげていた時代背景のもとに執筆され、この現実を第二の国難としてとらえつつ「昭和の日本民族が日蓮と時宗代のごとき気魄」を持つことを示そうとした作者の姿勢が強く打出されている。
この点に基づき、作者は、北条時宗を「宗教的政治家」、日蓮聖人を「僧形の政治家」と理解し「日蓮の政治的気魄」と「時宗の宗教的修練」とが相互に意気投合した姿を表現しようとしている。
本書の構成は第一章「立正安国論」に始まり「時宗と日蓮」「大蒙古国日本を窺ふ」「佐渡の日蓮」「蒙古襲来」「日本の逆襲計画」「敵降伏」に至る七章からなっている。
作者はまた、民族精神と民精神とを宗教の形式において鼓舞し怒濤のごとき民衆政治運動を起こした済世者として日蓮聖人を描き、そのゆるぎない心魂について綴りながら、「末代ありがたき名僧」「英雄僧」日蓮聖人の活動をまとめあげている。
「日蓮は不世出の英雄僧であった」「日蓮の本色は蒙古襲来という国家的大に遭遇してはじめて発揮されたのだ」と記述している。
特に重要な指摘は、日蓮聖人が究極的には如来の使いであり警世家であった点を認め、蒙古襲来という驚天動地の一大事変があって初めて上行菩薩としての光を現しえた事実を示したこと、北条時宗をして沈黙させ「日蓮は実に末代ありがたき名僧なり」と発言せしめた最初で最後の出会いの内容を記すことによって、幕府の権力に屈せず、逆に蒙古襲来によって犠牲となっていく人々の憐れな姿を冷殺することなく「民衆に対する無限の愛」を注いだ姿を捉えたことにある。
このうち、民衆愛については蒙古国使が幕府の手で斬首された事実にも触れ、これに一掬の涙を流したところにも日蓮聖人が「日本の生める大予言者」の資格があると述べ、日蓮聖人の「民衆愛・人類愛」がへの愛の枠を越えて敵味方に及ぶ普遍をもっていたことを強調している。
作者は日本国を偉大な体躯で背負い大国難に当ろうとした「英雄僧日蓮」が情と熱の人でもあったと記し「神風」による勝利のみを肯定することなく、北条時宗と日蓮聖人、二人の英雄が人を尽くして天命を待つ気魄をもって大難に対処した点に、難を突破する道がきり開かれたと主張している。
日蓮聖人入滅六五〇年の時期に書かれ、戦争という国難と日蓮聖人の動きを北条時宗との関連で伝記としてまとめたところに本書の特色があるといえる。

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