日性(円智院・本地院)
日性(円智院・本地院)
にっしょう
(一五五四-一六一四)
字は世雄、号は円智院・本地院・京都要法寺第一五世貫首。
日蓮聖人遺文の註釈書である『御書註』等、多くの日蓮教学書を著した学僧であるばかりでなく、近世初頭の日本出版文化史上、大きな位置を占める古活字本の「要法寺版」刊行事業の担い手として活躍した。
京都に生れ、一一歳の時、要法寺で出家。
一如院日重・寂照院日乾・心性院日遠・久遠院日淵と道交があった。
関東の足利学校で儒学を学び、帰洛後、天正一一年(一五八三)三一歳の時、建仁寺の経蔵に入って蔵経を閲覧すること三年、『大蔵纂要』一〇〇巻、これを刪略した『大蔵柿之葉』六巻はその成果である。
要法寺入山後、後陽成天皇の招きによって仙洞御所で外典を講じ、円智の号を賜わり、縉紳碩儒また禅宗五山の学徒その講下に集ったという。
晩年は要法寺の傍に一宇を構えて本智院と号し、多くの古活字本「要法寺版」を刊行し、慶長一九年二月二六日遷化した。
今日「要法寺版」と確認されているものは次の一三点を数える。
慶長五年(一六〇〇)刊行本に『法華経伝記』『倭漢皇統編年合運図』『四教儀集註』が、慶長六年刊行本に、日蓮聖人の伝記である『元祖蓮公薩埵略伝』(刊記は「慶長六冬下浣三日、本地院中板行」)が、慶長八年刊行本に『倭漢皇統編年合運図』、慶長一〇年刊行本に同じく『倭漢皇統編年合運図』『沙石集』(刊記は「慶長十乙巳年仲春下浣八日 円智校讎」)『日本書記神代巻』『太平記鈔』四〇巻、慶長一二年刊行本に『文撰』、慶長一八年刊行本に『天台四教儀集註』(刊記は「慶長十八癸丑年八月 日 於京師要法精舎板行焉」)、『倭漢皇統編年合運図』、慶長一九年刊行本に『法華経伝記』がある。
しかしその後の刊行はない。
慶長一九年をもってその刊行を中止した理由は「要法寺版」の中心であった日性が、同年二月に遷化したからであろう。つまり、これらの刊行事業は、いずれも日性の行ったものであり「要法寺版」に円智院日性の刊記がなく、単に「本地院中板行」「要法精舎板行」とあるのも、全て日性の刊行したものであろう。
そして、これらの刊行事業は本国寺版・本能寺版と共に、古活字印刷による寺院版の嚆矢となったもので、日性を中心とする要法寺の出版活動は、この時期の出版文化の推進者として極めて重要な役割を演じた。
著書に上述のほか、聖人遺文に関するものに『御書註』一六巻(京都本隆寺日修の『安国論科註』二巻に、日性が開目抄註以下一四巻を述作して、それを継承したもの)、『御書拾遺和語記』二巻、『御書難字抄』二巻があり、その他、『興門奥義』六巻、『五重玄義抄』六巻、『唐法華伝』一〇巻等がある。
《『日本仏教人名辞典』「日性」の項》