妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日存(中正院)

にちぞん #2553

日存(中正院)

にちぞん

(一四三六-八〇)
伝不詳。日什門流で中正院と号す。
品川妙蓮寺二世、妙満寺一四世を継ぐ。
、宗門は真如日住の諸山調停に依り、一致勝劣共、本迹一体の法義のもとに寛ひ正七年(一四六六)盟約が結ばれていた。
日存は文明二年(一四七〇)一二月より同五年にかけ『本迹対論用意抄』を著し、本迹一体説に反駁を加へ、本迹勝劣・迹門無得道論を主張した。
日什は一部修行の上に勝劣は認めても迹門の無得道を言明しなかったが、日存は一部修行、迹門読誦を許しながら迹門無得道を批判した。
また当一致派本迹末分のを立てて末分一体論を主張したのに対し、これに反駁を加えた。
更に台の理体事用・理同異に対して、用勝体劣を主張し、什門における用思想の萠芽をなした。
また日存は遺文における録内・録外を分別して、録内標準説の先駆をなした。
日存の『本迹対論用意抄』に対して、松崎顕実寺の常寂日耀が『本迹対論一致用意抄』を著して、迹門無得道論と迹門読誦の矛盾を難じ、ここにまた本迹致劣論が再燃するに至った。
他に『法華宗旨問答』一巻。
文明一二年四月、四五歳にて寂す。
望月歓厚『日蓮宗学説史』、執行海秀日蓮宗教学史』、『日蓮教団全史』上、宮崎英修「日蓮聖人遺文の文献学的研究」『近代日本の法華』》

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