妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

山門

さんもん #1916

山門

さんもん

(1)寺院の門のこと。
寺院は多く山に建てられたところから、寺院正面につくられた門を山門と呼んだ。
もとは三門三解脱門)と書かれた。 三解脱門とは悟りの境地に至るための空・無相・無願の三つの解脱門(迷いから解放されようとする者が通らなければならない門)のことで、これを寺院の門に擬した。 寺院内苑を涅槃の境として、仏道修行によって涅槃に入ることを意味したものである。
往古は南を正面とし、東西の二方にも門を開いて三門を設けた。 鎌倉時代になると禅宗の発展に伴って、二階造りの楼門の左右に、元来は寺院構成の中心たる金堂および講堂と三門とを結ぶ回廊の名残りと思われる山廊を設けた門が流行し、もっぱらこの形式の門を三門と称するようになった。
三門の多くは山廊内に階梯が築かれて楼門に登ることができ、上層内部には後方に長く仏壇が設けられて釈迦・十六羅漢像が安置される。 釈迦は解脱を説いた先覚者であり、十六羅漢はその正法を護持するからである。 また下層には両側に寺を護る金剛力士を置くこともある。
なお三門をまた山門とも記すことがあるが、これは寺院が寺号のほかに山号をもつているので寺院の門を山門とも呼ぶのである。
身延山三門は二六世日暹代の寛永一七年(一六四〇)正月勧募に着手して、同一九年六月に一三間・五間半の楼門と左右五間・二間半宛の山廊を完成し、閣上に十六羅漢像を一躯一人の施主によって彫刻し安置した。 不幸にして慶応元年(一八六五)と明治二〇年(一八八七)の再にわたって炎上焼失したが、七八世日良代の明治三四年から四〇年にいたるまで六ヵ年間を費やし経費一〇数万円を投じて現在の三門を完成させた。 口一三(二三・四メートル)奥行五(九メートル)高さ七丈(二一メートル)で五に三(五・四メートル)の山廊のある総けやき造りの豪壮の気の充溢している建築物である。 左右に位王尊を祀るので仁王門ともよばれている。 仁王尊がここに祀られるに至ったのは、身延三世日進代に相模国六浦上行寺にあったものを六浦平次郎入道が一夜のうちに身延山に負い来たって寄進したという有名な伝説がある。

(2)山寺または寺を指す呼称。
(3)山門派の略で比叡山延暦寺の称、寺門派(三井園城寺)に対す。
日蓮聖人山門といわれる時は、比叡山延暦寺を指す。 例えば『守護家論』には「山門寺門・東寺天台竝に日本国中」とある。
《『遺文辞典』歴史篇「山門」「延暦寺」の項、『国史大辞典』六巻「三門」「山門」「延暦寺」の項》

リンク

← 事典トップ