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俗法門

ぞくほうもん #621

俗法門

ぞくほうもん

江戸代の日蓮宗の在家の信者(俗人)ので生れた独得な宗義論。
幕府の宗教政策によって、既成教団の寺院僧侶は布教伝道の道を奪われ、墓守に堕していったが、日蓮聖人の積極果敢な思想生涯に自分達のエネルギーの噴出口を見出した町人達は、それに満足せず、寺院僧侶から離れて在家の特色を生かした宗教的世界を形成するようになった。
それがである。
江戸における日蓮宗の講の起りは、八代将軍吉宗の頃、幕府から許された身延山の出開帳を市民が集団で迎えることから始まった。
以後元を中心にして盛んにごとで布教伝道して講員を獲得、それぞれ組織を拡大して、江戸における驚異的な日蓮信仰隆盛の原動力となった。
は当然それまでの僧侶中心の日蓮信仰とは違い、在家の信仰を中心としていた。従ってそこに新しい義を必要としたのである。
日蓮宗教団が天台の義科論題にあけくれる檀林教学におおわれていたのに対し、彼ら俗人は聖人遺文を直接読んで狂信的な日蓮学を作りだしていた。
これを俗法門といい、仏教思想や天台思想に無知なところからおかしな日蓮解釈をしているところが多く、僧侶の側から蔑視された。
しかし信仰的には強烈で、その代表的なのは日天子法門であろう。
これは聖人を太陽の垂迹・化身とみる法門で江戸代は相当流布していたようである。

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