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題目和談鈔

だいもくわだんしょう #5232

題目和談鈔

だいもくわだんしょう

元政上人が母のために題目五字の要文を説きあかした題目修行の略述書。
万治三年(一六六〇)、元政三八歳のの述作。
万治二年、七九歳の母と共に、この前年死去した父の遺骨を納めるため身延山に登った後、翌年八〇歳の母に対し題目修行を勧めることを目的に語り示したもの。
日蓮聖人の教風を追慕し父母への孝養を尽くす一念をこめて平易な文体により妙法蓮華経の意味を信仰的に説示している。
その基調は、心に信じ身に行う所から口に題目を唱える行いが生まれ、口に唱える題目が心を得て正しい行いを生み出す根源となる、という妙法不可思議の関連を詳述した実践的姿勢と信仰的至情にある。
本書は、のほか上中下三巻に分けられ、においては「母もやつがれも、うき世にのこる願もなし。
母にはたゞ題目こそ、此うへの御つとめとすゝむれば、さあらば題目五字のやうもん(要文)を説聞すべしと、御たづねにまかせて筆を染侍る」と、本書述作の動を語っている。
巻上から巻中にかけては妙法二字について述べ「十界十如権実の法をさして妙法と申なり」と指摘し、その言葉をわかりやすく解説している。
そして「をはなれて衆生なく、衆生をはなれてなし。
こゝにしられたり。
十界の万法みな妙の法なりといふことを。
こゝに心へあり。
十界の万法、兎の毛のさきほどものこらず妙法なれば、あひあふものにむかひて心には妙法とがってん(合点)し、口に妙法をとなへかうべ(頭)に妙法をいたゞき、此身と心と口との三つに、妙法の修行をなさば、なんぞ本体の、妙法のさとりにかなひもと(基)づかざらんや」と、妙法の心を解説している。
巻中ではさらに法と蓮華について略述、法とは心衆生の三法であると言い、一切衆生をさす衆生法と仏による仏法と「べつしてわれらぎゃうじゃ(行者)の、一念のしんぼう(心法)」の三つの法が十界十如権実の法でもあるとし「まさにしるべし。
わが心法すなわち妙の法なり」といふことを「妙法の二字のことはり()たゞ利益してかくのごとし」と結論している。
また蓮華には、心法に具わる妙法の仏性が修行の縁によって現われ出ることにたとえる「譬喩の蓮華」と、清浄無染の妙法の法体を直接表現した「当体の蓮華」の二つがあると述べ、妙法蓮華の蓮華はこの二つをおさめているのであるから「法花の心は上中下の三こん(根)をして、あまねくひとしくになしとくだつ(得脱)せしむ」のであり、蓮花の修行によって蓮花の悟りを開き、蓮花の土を得ることができると主張している。
巻下では経の字とその心について略説している。
経とは、の説かれた無量の法の根本であり一切衆生の顛倒邪曲の心をすぐになおす限りなく深い悟道の妙法であると略釈している。
巻下には他に「釈迦如来御恩ふかき」「御臨終の大」が語られている。
題目五字の意味を活写した題目修行のすぐれた指針の書として重視されている。

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