阿闍世王
阿闍世王
あじゃせおう
Ajātaśatruの音訳。
未生怨と訳す。
釈尊在世から滅後にかけての中インド摩竭陀国の王。
父は頻婆沙羅王、母は韋提希夫人という。
未生怨と名づけられた理由は、『大般涅槃経』などによると、母の韋提希夫人が身ごもった時、相師に占わせたところ「男子が生れるが、やがてその子は父王の怨となるであろう」と予言した。
やがて生れた男子は、いまだ生れないときから怨みをもっているというので、かく名づけられた。
王はその子を恐れ、夫人とはかり高い建物の上から投げ捨てたが、ただ指を折っただけで助かった。
そこで別名を婆羅留支または折指太子ともいう。
太子のとき、父王の帰依する釈尊とその教団に対抗する提婆達多にそそのかされて逆心を起し、父王を殺し、母を幽閉して自ら王位につき、釈尊をも迫害した。
後、父を殺した罪に悩み、耆婆のすすめによって釈尊に帰依した。
法華経の会座にも列し、釈尊は阿闍世王のために涅槃に入らず、月愛三昧にはいって『涅槃経』を説いて悪瘡を癒すことができた。
釈尊の入滅を悲しみ大宝塔を建て、釈尊の残した教えの第一回結集を資援するなど、仏法の外護に努めた。
日蓮聖人遺文には『開目抄』『神国王御書』等多数の遺文に阿闍世王の故事が引かれている。
《『遺文辞典』歴史篇「 阿闍世王」の項、『岩波仏教辞典』「阿闍世」の項》