遠藤是妙
遠藤是妙
えんどうぜみょう
(一八八四-一九七三)
諱は日深、字は是妙、真妙院という。
明治一七年身延町遠藤家に生れる。
七歳にして身延山智寂坊遠藤日秀について得度し、以来甲府普通学校、身延小檀林、静岡貞松中檀林を経て日蓮宗大学に入学、教学の研鑽に、またかたわら華厳教学を学んだ。
明治四三年(一九一〇)第一期卒業生となる。
ただちに大学舎監に抜擢され、同時に中等部で教鞭を執る。
大正二年(一九一三)には身延山祖山学院教授となる。
その後四年ほど福井県の寺に迎えられたために休職したが、大正八年再び奉職、昭和七年(一九三二)学院教頭に就任して門下子弟の教育につくした。
住職歴としては大正四年福井県越前市家久町聞法寺を始めとして、次いで大正六年富士市大渕法蔵寺、富士宮市大泉寺、静岡市本山本覚寺を歴任、昭和三五年大泉寺に隠棲するまで伝道教化に努力した。
また宗門的には静岡県宗務所長、布教師会長、外にあっては県仏教会長、教誨師会長などを務めた。
晩年は難解な教学を僧俗共に了解せしめることに努め、更に漢詩、俳句に親しんだ。
著書に『祖書綱要刪略大意』『法華十講』『法華経の話』『讃仏詩集』などがある。