立正佼成会
立正佼成会
りっしょうこうせいかい
法華系の新興宗教教団。
庭野日敬と庭野が導いた長沼妙佼(一八八九-一九五七)が霊友会を離脱して昭和一三年(一九三八)三月五日に「大日本立正交成会」を結成したことに始まる。
現本部は東京都杉並区。
初期の活動は妙佼の霊感指導による病気治しを主とし、寒修行、霊感修行、七面山参拝などを通じて霊感を受ける者を増やした。
また教えの中心部分は霊友会から継承しており、法華経による先祖供養と懺悔滅罪を重視し、これに修験道や真言密教的要素を取入れ、眼に見えない神仏が天地万物の事象や人間の姓名を通して現れる人間の営みにおける因縁(妙・体・振(ふり))を説き「下がる心」や「心をたて直す」法座活動を展開、妙佼の霊能と共に庭野独自の姓名学・気学・易学を加味したものによって形づくられた。
その後、妙佼留置事件(霊感指導が人心を惑わすとして警察に留置されたもの)、読売事件(土地不法買占め報道をふくむ教団批判)、連判状事件(庭野排斥運動)など一連の試練を経たが、妙佼没後は霊感指導のみにたよる方法を改めて教学の体系化と組織の改編整備を図った。
この結果、教義面は法華三部経の教えを日常生活にいかすことを根幹とし、根本仏教の説く四諦・八正道・十二因縁の法門と大乗仏教の示す六波羅蜜に基づき、反省と精進を重ねて仏知見を開き菩薩道の実践をめざすことを強調。
同三三年一月五日に「久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊」が本尊であることを宣言した。
これは、日蓮聖人の体解した法華経や教主釈尊への信仰的立場を継承することを否定し、法華・日蓮系の教団としての特色を法華経信奉に帰一させようとするものであった。
昭和三五年に会名を「立正佼成会」と改め、会長庭野は自ら『新釈法華経』を刊行すると同時に、このいわゆる「真実顕現」の道を広め社会的実践を活発化させると共に、同三九年本部に大聖堂を建立し本尊を安置し、組織面でも従来の〈導きの親子〉関係でつながっていた支部組織を教区制に改め、「お導き」とよぶ布教活動によって「お導きの功徳」を積むよう説き、とりわけ法座を大事な日常的修行の場とすることによって「お導き」の推進を図っている。
また社会活動としては、「明社(めいしや)運動」(明るい社会をつくる運動)とよばれる地域活動を行い、交通道徳の啓蒙、美化、献血などに取組んだ。
庭野は法王パウロ六世との会見、新日本宗教団体連合会(新宗連)理事長への就任、「世界宗教平和会議」の開催等を通して国内・国際両面にわたる主導的立場の強化を図り、日蓮聖人の体解した法華経信仰ならびにその教主釈尊への信仰から一層距離をおきつつ、教団の「近代化」を促進し「諸宗教協力・国民皆信仰」の名のもとに通仏教的色彩を濃厚にしている。
《『国史大辞典』一四巻「立正佼成会」の項》