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況後録

きょうごろく #3753

況後録

きょうごろく

高山樗牛が明治三四年(一九〇一)一二月に書いた作品。
遺文によって構成された日蓮聖人の自叙伝の一節というべき著作で、樗牛は「日蓮物語」と称した。
一気呵成の得意物であるとの気持を抱きながら『中学世界』に発表、更に翌年『帝文学』に掲載した。
題名は法華経法師品の「而此経者 如来現在 猶多怨嫉 況滅度後」(この経は如来の現在すら猶怨嫉多し、況んや滅の後をや)の一文からとったものである。
日蓮聖人の真相を書いて世に問おうという姿勢と法華経の教理上から日蓮聖人の人格を明らかにしていく立場から綴ったもの。
幾多の受難を耐え忍び、迫害や怨嫉を「超越」し法華経に命を献げ法悦の精神を明かす日蓮聖人の人格や幕府・諸宗を諫め法華経に命を捨てることによって法華経を色読釈尊の使いとしての自覚を宣言する「日蓮が血潮」と「妙法勝利の願文」が明かされている。
本書は『種種御振舞御書』を始め『開目抄』『如説修行抄』など樗牛の愛読した遺文の一節を選び出し「文応の初めより身延山の幽棲に到るまでの上人蹟を自叙せられたるもの」を紹介し「日蓮物語」の形式によって編成している。
また樗牛は「ヌラクラシタ『奴隷文体』」ではなく「豪傑文体」と名づける文体で叙述したとも述べ、遺文にしるされる血涙と獅子吼の音声をそのまま表現している。
この著作は、樗牛が日蓮聖人の文字に感嘆し「専ら日蓮の心境に入りて、其当を解釈せむ」とした点を特色としている。
また「僕の精神を日蓮の自叙を仮りて現はして居る」とも述べたように、日蓮聖人という崇拝的英雄から心身を奮起させる力を獲得していこうとする意図に基づいて書かれた。
私意を加えた所は少なく、日蓮聖人を追懐している事に仮構はあるが、集録した内容は日蓮聖人跡の真実をすべてに伝えるもの、と記しているのは、これらの意図を物語っている。
更に「日蓮一期の遠鑑、本化妙宗、創業の大本」たる『立正安国論』の正義を示して一世の迷夢をさまさんとしてより、法華経の行者となって「一天の眼目四海の柱石たり」と宣示していくまでの不退転の意志と勇気、上行菩薩としての信仰的使命が浮き彫りにされ、日蓮聖人の言葉によって真相を示していく構想が貫かれている。
本書は、鑽仰と崇拝の一念をこめ、その人格に参入した樗牛が、日蓮聖人の自叙伝としての形式を通して日蓮聖人の人格を復活させた物語であり、その内容・構成・文体の上からも大きな意義をもつ作品といえる。

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