一大事因縁
一大事因縁
いちだいじいんねん
仏がこの世に出現せられた唯一の大目的をいう。
法華経方便品の「諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したまふ。
舎利弗、云何なるをか、諸仏世尊は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したまふと名くる。
諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ清浄なることを得せしめんと欲するが故に、世に出現したまふ。
衆生に仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したまふ。
衆生をして仏知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したまふ。
衆生をして仏知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したまふ。
舎利弗、是を諸仏は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したまふとなづく」の文が出典である。
これは法華経が一切の仏の出世の本懐であることを説いた経文で、仏が自己の本願を衆生との関係において表現されたものである。
即ち、仏は一切衆生に諸法実相の理を悟る仏知見(仏の智慧)を開かしめ(獲得させ)、仏知見を示し、仏知見を悟らせ、仏知見の道に入らせることが、釈尊だけでなく一切の諸仏の出現の目的である、と宣言されたのである。
天台大師智顗は方便品の文を釈して「出世の意を標せば両と為す。
初めに総、次に字を分つ。
総とは、諸仏は如実の相を覚したまふ。
此実道に乗じて世に出応す、秪(ただ)衆生をして此実相を得せしむ、唯此事の為に世に出現したまふ、曽て他事無し。
諸法実相を除て余は皆魔事と名く」(法華文句巻四上)と説いている。
日蓮聖人は、妙法蓮華経を説き妙法蓮華経を実践するのが釈尊の本願であるから、この教を信じなければ救われ難いだけでなく謗法の重罪を犯すことになると説いて、日本国の一切衆生に妙法五字の題目受持を勧奨し、折伏弘教を行じたのである。
《『遺文辞典』教学篇「一大事因縁」の項、『日蓮辞典』「一大事因縁」の項、『天台学辞典』「一大事の因縁」「出世の本懐」の項》