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有師化儀抄

うしけぎしょう #3293

有師化儀抄

うしけぎしょう

「ゆうしけぎしょう」とも。化儀抄』のこと。
大石寺の中興九世日有(一四〇二、または一四〇九-八二)が、出家に限らず在家の人々をも対象に、日常的な仏事の心構えなど種々の問題について細かく指南されたもので、一二一ヵ条から成る。 正本は大石寺所蔵。 『富要』一巻所収。
日有(にちう)の弟子南条日住(一四一〇-)が、日有の平素の御談を集記・筆録したもので、文明一五年(一四八三)七月三日に浄書し、大石寺一二世日鎮(一四六九-一五二七)に渡したものとされている。
その内容は、主に諸から登山した学僧のために説示されたもので、本抄文末に「此の上意の趣を守り行住坐臥に拝見有るべく候」と戒められている通り、仏事のこと、本寺末寺との関係、檀那や信者のこと、他宗とのこと、本尊の取扱い方、仏壇仏具に関すること、師弟関係のこと、種脱相対のこと、日蓮聖人を本仏とすべきこと、法華経修行の仕方等々、日常の種々にわたる儀式や作法を示したものである。
こうした日有の化儀上の訓辞は、日蓮正宗における信心修行の根本精神として今日まで伝えられている。
古来より「御条目」と通称されていたが、冒頭の言を借りて「日有仰曰」とか「日有上人御談」とも呼ばれたこともあった。 本抄一二一ヵ条中、特に種脱相対の条に多く紙数が費やされており、そこから日有の学を知ることができる。
日有は八品下種論の立場から「心田に初めて信の種を下す所が本門」であると解し、一品二半を中心として見た本門は迹中の本門であり、八品を中心として見た寿量品は滅後の寿量品であるから種であるとみる。 末法下機のためには八品所顕の本因下種の妙法に限ると述べている。 これを本尊論に適用して「在世正宗の機に対する所の釈迦」は脱益の教主釈尊であり、末法の今は「釈迦の因行を本尊とすべき時分なり」として、釈迦の因行が即ち「本門の修行」であり「下種を本とす」るのであるから、下種益の教主としては日蓮聖人その人であると主張している。
本抄の註釈としては、堀日亨(一八六七-一九五七)の『有師化儀抄註解』(『富要』一巻)がある。

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