妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日英(英園院)

にちえい #2941

日英(英園院)

にちえい

(一七九三-一八五六)
字は英園。英園院と号す。
出生地を詳びらかにしない。
日蓮宗丹後妙円寺二一世の住職となる。
優陀那院日輝(金沢立像寺二二世)よりも七歳の年長で、同代に活躍し卓越した学僧である。
京都本寺二六世了義院日達の学系に属する遠成院日底(-一八一八)を学師として学び、諸方に攻学の後、鷹ケ峰、山科、飯高、松ケ崎等の諸檀林の化主となって後学を育成した。
丹後妙円寺、備後妙顕寺を歴住し、安政三年遷化。
寿六四歳。
日英はその学問的努力を、述作よりも章疏の編集、校訂に傾注し、祖書、祖伝の研究に多大の便宜を提供している。
その主なものを挙げれば『安国論新註』三巻(天保六年刊)、『四宗要文纂補』三巻(文政三年刊)、『祖書肝要集』三巻(天保三年刊)、『摧邪辨正録』二巻(天保一三年刊)、『合壁論採照』一巻(天保四年著作)、『本化高祖年譜校訂』一巻(弘化四年刊)、『本化高祖年譜攷異校訂』三巻(弘化四年刊)、『龍華年譜刪修』一巻(刊行不詳)、『龍女成仏分極論』一巻(刊行不詳)等がある。
安国論新註』は、先師即ち『読経要義』の著者で、備後妙顕寺歴代の通誠日心と推定される「誠公」の遺業を継承して刪補したものであることを、新註の文で述べている。
また『御書続集』は、悦可日巧(日英の師遠成日底の師匠、寛政七年=一七九五寂)の編集校訂を更に校訂したものであり、『高祖年譜』並びに『高祖年譜攷異』の改訂は建立日諦の著作の再校訂である。
なお攷異については日英の見解による改訂修補が付加されており、日諦の原作と日英の修補のの区別が明らかでなく、判別が困難である。
日英の学思想については『高祖年譜校訂攷異』(『日全』一〇九頁)に「永く授受の門を出でて更に折伏の軌を開き、以て万年の永代となす」と言っているように、悦可日巧らの了義日達門下の破邪顕正折伏精神を継承している。
また一方では、一妙日導の綱要に対しては比較的同情的で、攷異を修補するに当って綱要の説に従っている所も少なくない。
この点、日導の学思想に反対の日達門下の他の学者とはその学的態を異にし、独自の見識のもとに先人のの編集校訂を行っている。
《『日本仏人名辞典』「日英」の項》

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